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2019年9月16日(月)
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女性経営者座談会(上)

2016/10/21
 ワークライフバランスやキャリア形成、ビジネスファッションなど、県内で働く女性や就活中の女子学生に役立つ話題を取り上げる新コンテンツ。初回は女性経営者座談会(2回続き)をお届けする。

カナザワエイジェント(宮崎市)代表 金澤ゆみ子さん
宮崎活魚センター(同)社長 築地加代子さん
アモローソ(東京)代表 寺本りえ子さん
高原ミネラル(宮崎市)専務 成松敬子さん

司会 宮崎日日新聞経済部 西村公美

苦労をバネにたくましく


経営者になった経緯やプライベートとの両立についてざっくばらんに語る金澤さん、成松さん、築地さん、寺本さん(右から)

経営者になった経緯やプライベートとの両立についてざっくばらんに語る金澤さん、成松さん、築地さん、寺本さん(右から)

 2015年の県内企業の女性社長の割合は7.0パーセント(帝国データバンク宮崎支店調べ)と全国平均を下回っているが、サービスや卸売、福祉関連など幅広い分野での活躍は目覚ましい。宮崎銀行と取引している企業の女性経営者の会「彩色賢美」のメンバーの4人に、経営者になった経緯やプライベートとの両立などについてざっくばらんに語ってもらった。

 --まずは経営者になった経緯から。イベント運営や人材教育などを手掛ける金澤さんは大阪出身だが、宮崎で起業した理由は。

かなざわ・ゆみこ 大阪府出身。イベント運営やスタッフ派遣のカナザワエイジェント(宮崎市)を2005年に設立。芳香で空間を演出する装置レンタルや最適な香りを提案する「フレグランスコンシェルジュ」代表も勤める。1963(昭和38)年8月生まれ。

かなざわ・ゆみこ 大阪府出身。イベント運営やスタッフ派遣のカナザワエイジェント(宮崎市)を2005年に設立。芳香で空間を演出する装置レンタルや最適な香りを提案する「フレグランスコンシェルジュ」代表も勤める。1963(昭和38)年8月生まれ。

 金澤 高校卒業後からコンパニオンなどとしてイベント運営に関わってきた。転機は博覧会運営を手掛ける東京の会社に勤めていた1998年。宮崎で開催される「グリーン博みやざき」のボランティアを統率する仕事に携わり、初めて宮崎との縁ができた。閉幕後に退社してフリーになったが、宮崎で知り合った企業や団体から仕事を依頼されるようになった。都市部では同業の会社がひしめきあっており「自分は起業できない」と感じていたが、半年の滞在期間やその後に紡いだ縁を通して宮崎の温かい人柄や風土に魅了され、宮崎での起業を決めた。

 --新鮮な魚介類やブランド魚などを取り扱い、水産物卸業界で存在感を発揮する築地さん。もとは専業主婦だったと聞いている。

つきじ・かよこ 宮崎市出身。2010年、魚介類小売の宮崎活魚センター(宮崎市)社長に就任。NPO法人を設立し、子どもたちに漁業に親しんでもらうイベントを定期的に開催している。1968(昭和43)年2月生まれ。

つきじ・かよこ 宮崎市出身。2010年、魚介類小売の宮崎活魚センター(宮崎市)社長に就任。NPO法人を設立し、子どもたちに漁業に親しんでもらうイベントを定期的に開催している。1968(昭和43)年2月生まれ。

 築地 祖父が国富町で始めた魚屋がスタート。家業を継いだ父と母は働きづめだったため、「結婚したら子どもに寂しい思いをさせたくない」との思いが強かった。結婚後は専業主婦として4人の子育てに専念したが、離婚を機に元夫から社長の座を引き継いだのが6年前だ。社長になってから、従業員から「女の社長のくせに」などと陰口をたたかれたこともあった。悔しかったが、この従業員たちが胸を張って仕事できる会社にしようと奮起するきっかけにした。つらいときには祖父や父の日記を読み返し、元気をもらっている。

 --成松さんは自販機運営や氷の製造販売を手掛ける会社の2代目。家業を継ぐことはいつから意識していたのか。

なりまつ・けいこ 宮崎市出身。自動販売機運営や氷の製造販売を手掛ける高原ミネラル(宮崎市)専務。プライベートでは4歳の長女と1歳の長男の子育てに奮闘中。1977(昭和52)年5月生まれ。

なりまつ・けいこ 宮崎市出身。自動販売機運営や氷の製造販売を手掛ける高原ミネラル(宮崎市)専務。プライベートでは4歳の長女と1歳の長男の子育てに奮闘中。1977(昭和52)年5月生まれ。

 成松 実家と会社は隣接しており、子どもなりに家業の大変さは知っていた。大学卒業後に県外の大手飲料メーカーに就職したが、いずれ継ぐことは常に頭の片隅にあった。入社3年目の夏頃、父が私に内緒で勤務先に辞表を提出した。同僚経由で自らの退職を知ってとても驚いたが、父が必要としてくれているのがうれしかった。高原ミネラルに入社したての頃は「女に何ができる」と言われたこともあったが、母は40歳を過ぎて営業を始めて結果を出した。だからこそできないはずはないと思い、鹿児島県内の営業所を統括する妹と奮闘している。

 --東京に軸足を置いて県内外のフードビジネスに関わっている寺本さん。9月で起業して1年だが、なぜ個人事業から法人化したのか。

てらもと・りえこ 五ケ瀬町出身で、実家はしだれ桜で有名な浄専寺。県のみやざきブランドマーケティングアドバイザーや同町の風土ビジネスアドバイザーなどを歴任。2015年9月、体に良い食の提案などを手掛けるアモローソ(東京)を設立。1961(昭和36)年1月生まれ。

てらもと・りえこ 五ケ瀬町出身で、実家はしだれ桜で有名な浄専寺。県のみやざきブランドマーケティングアドバイザーや同町の風土ビジネスアドバイザーなどを歴任。2015年9月、体に良い食の提案などを手掛けるアモローソ(東京)を設立。1961(昭和36)年1月生まれ。

 寺本 東京で音楽活動を中心にしつつ、体に優しい料理を提供するケータリングの仕事をしていた。CMの撮影現場やイベントに日々出向き、体力勝負だったがとても刺激的だった。しかし、東日本大震災発生時で炊き出しに行ったことで価値観が一変。音楽活動よりも食に関する仕事を優先させたい気持ちが湧き上がり、県や五ケ瀬町のフードビジネスにも携わるようになった。法人化を目指したのは、将来的に発酵食や日本食文化を広めるための足場固め。昨春に亡くなった父も背中を押してくれたので、その年の9月には法人化に踏み切った。

 --さまざまな経験をへて、経営者になっているのが興味深い。では、実際に経営者になって良かった点や大変な点は。県外出身の金澤さんは「他県とは違う!」と思ったことがあれば教えてほしい。

 金澤 私自身がコンパニオンなどとして経験してきたことをスタッフたちに伝えて仕事に取り組んでもらうので、ノウハウが分からず大変だと思ったことはさほどない。宮崎が他県と違うと感じたことは「人材教育」。東京や大阪でイベントスタッフを雇う場合、服装や現場までの移動手段などをきちんと確認し、スタッフたちに徹底させることが当然だったが、宮崎の企業は「なあなあ」で済ませていたように思う。自社ではこれを一から改善したことで「カナザワのスタッフはきちんとしているから、また仕事をお願いしよう」と言われるようになってきた。

 成松 私は専務という立場なので、ある程度自由にさせてもらっている。なによりも大きいのが、父や母、自分を幼い時から知る従業員など、仕事上の師匠として見習うべき存在が近くにいること。そんな人たちの支えがビジネスで挑戦する際の安心につながっている。しかし、「周りが支えてくれるから」と甘えがあるのも事実なので、今以上に事業を拡大するのが2代目の役割だと心得ている。

 築地 成松さんがおっしゃるように、周りの人との関わりはとても大事。いろんな人に会って支えてもらう中で知恵が生まれ、経営者としての血肉を付けてこられた。自分に自信がなかった私でもこのように変われたので、従業員や子どもたちも変化を遂げる可能性があるはず。その可能性を引き出し、伸ばしてあげたい。会社の朝礼が午前4時50分からなので、起床は午前3~4時。他の人とは異なる生活リズムは最初は大変だったが、今はだいぶ慣れてきた。

 寺本 会合やパーティーなどでいい仕事をしている人と出会う機会が増えて、良い刺激になっている。それが新たなビジネスにつながっていく可能性を秘めていると思うとワクワクする。人との出会いはとても豊かだが、法人化して間もないため経営のノウハウがまだまだ。決算書を作るのも一苦労で、泣きそうになる。

 --新たな人や仕事との出会いを大切にしながら、忙しい日々を過ごしていることが分かった。プライベートとの両立はどうしている。

 寺本 具体的に線引きはしていない。プライベートで会う人と「何か一緒に仕事できないか」と話すし、その逆もしかり。24時間仕事かつプライベートみたいな状態だが、好きなことを仕事にしているので苦ではない。旅や出張先でのおいしい食べ物やお酒との出合いが気分転換になる。食べながらレシピを考えることもあるので、結局は仕事と直結してしまう。

 金澤 私も寺本さんと同じで、仕事とプライベートはリンクしている。最近では、折り紙の折り方を教える資格を持つ友人の手を借り、他にはないようなイベントを開くことができた。また、昔ほどではないが「こうしたらおもしろいかも」というアイデアは寝ていても湧く。そんなアイデアや人とのつながりがプラスの効果を生み、形になっていくのが楽しい。ちょっとした息抜きは、カメラを持ってきままに写真を撮ることや、愛犬との散歩だ。

 築地 高校でサッカーをしている次男の応援や、長女とドライブしておいしいものを食べることなどさまざまだ。漁師の気持ちを少しでも味わおうと、知り合いの漁師に船を出してもらって釣りに行くことも。日頃早起きだから休みの日くらいゆっくり寝ていればいいのだが、どうしても起きて活発に動く習慣が染みついている。

 成松 4歳と1歳の子どもがいるので、プライベートはなるべく子ども優先。夫の理解もあって助かっているが、母親としてはまだまだだ。出産前の入院や育休を取った際に「会社に迷惑をかけている」という後ろめたさがあったが、自分がいなくても仕事は回っていた。それを見て肩の力が抜けたし、いかに周りの支えがあって仕事できているかを実感できた。それから子どもが病気のときには仕事を抜けやすくなった。
 

 「女性だから」と軽く見られるなどの経験を乗り越えてきたたくましい4人。次回(10月25日更新)では、事業承継や女性活躍の機運が高まる中で思うことについて紹介。起業を目指す女性たちへ、厳しくも温かいエールを送る。

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