みやビズ

2018年5月20日(日)
テクノリポート~県工業技術センター・県食品開発センターの取り組み~

先入観を捨て、「メタル乳化」を発見

2017/04/11
 宮崎県工業技術センター(野間純利所長、以下、センター)では、これまで世界的に知られたオリジナルの材料や技術を開発してきた。代表的な例としては、シラス多孔質ガラス(SPG)や、この材料が発端になって生まれた「膜乳化技術」あるいは「膜起泡技術」などが知られている。

 こうした大きな研究を結実させる前には、往々にしてわれわれ自身が持つ先入観を克服しなければならない。

 先入観とは技術専門書や古い論文に記載された知識であり、独善的な思い込みのことである。場合によっては先生や先輩からの教えも含まれる。もちろん、それらの大部分は正しい。しかし、時として固定観念となって研究を妨げることがある。

図1 はんだ微粒子による半導体・デバイスの回路接合。粒子が小さく均一なほど、複雑な回路形成が実現できる。

図1 はんだ微粒子による半導体・デバイスの回路接合。粒子が小さく均一なほど、複雑な回路形成が実現できる。

 筆者には、この先入観によって危うく大きな発見を見落としそうになった体験がある。本報では、その経緯を記し、発見・発明が幸運の下に訪れる研究の一端を紹介したい。

 事例は、2015年1月に掲載した第5回テクノリポート「金属粒子新製法」(以下、「メタル乳化」)を発見する端緒となった苦労話である。

 当時、金属材料が専門のT部長から、はんだの微粒子を膜乳化で造れないかと、筆者に何度も問い合わせがあった。T部長は、はんだ粒子の微細化と高品質化が、次世代電子機器の高密度実装(電子基板に非常に多くの半導体やデバイスを接合して複雑な回路を形成すること。図1参照)に必須のポイントであるとのニーズを把握していた。液体金属の均一な液滴を油の中で造り、冷却すれば画期的なはんだ微粒子が製造できるかもしれないと提案していた。

 一方、筆者は乳化物(エマルション)をSPGにより精度良く製造する膜乳化技術を開発していた。乳化とは油と水の安定した分散状態を造り出すことであり、仲介役に乳化剤(界面活性剤)が必要となる。筆者の頭には、これらの種類、働き、分子構造がインプットされ、膜乳化を開発した経験から、自分の知識と経験、判断力にかなりの自信を持っていた。

 はんだ(通常、鉛フリー)は230℃程度まで加熱しないと液体にならない。そんな高温に耐えられる乳化剤が存在するのか、そもそも液体金属と油の組み合わせが、乳化と言えるのか。さらに水や油よりも1桁以上高い液体金属の表面張力では、接触しても合体しない安定な微粒子が生まれるはずがないと、完全に否定モードであった。

 上記の先入観をもとに不可能ですと返答した。ところが2カ月後、本当に可能性はないのかと再度問われ、不可能ですと返答し、この押し問答を何度か続けることになった。

 1年半後、ついに粘り負けし、T部長に引導を渡すつもりで実験を行った。もちろん失敗が前提の実験であり、危険な高温操作を避けるため、60℃程度で溶ける特殊合金をはんだの代替とした。SPGの孔径も、液滴が生成しやすい10マイクロメートルを選び、いわゆる“あたり試験”を実施した。

写真1 メタル乳化で造った30マイクロメーターの特殊合金微粒子の電子顕微鏡写真

写真1 メタル乳化で造った30マイクロメーターの特殊合金微粒子の電子顕微鏡写真

 当然、筆者の常識(先入観)からすれば、特殊合金であっても金属の微粒子は造れるはずがなかった。しかし電子顕微鏡で確認(写真1参照)すると、非常に均一な微粒子ができており、衝撃を受けた。

 T部長に喜びの報告をしながら、よくぞ実験をしたと胸をなで下ろしたものである。また、T部長の執念にも感謝した。

 実は後に分かったことであるが、この時の実験条件はベストのものであり、成功は幸運であった。もし失敗して、ひどいものができていれば、筆者の先入観が正しいと判断して、恐らく二度とメタル乳化に挑戦することはなかったと想像される。

 先入観の怖さを知った衝撃の1日が過ぎ、多少冷静になると、新発見から実用化までの長い道のりに考えが及んだ。(1)230℃に耐えられる材料の探索(2)安全な製造装置の開発(3)洗浄・乾燥・分級など付随する技術の検討(4)実用化を託せるパートナー企業の選定-など、前例のない多くの課題が想定され、この見通しは正しかった。

 本県の“メタル乳化”技術を求めて、千住技研株式会社が、宮崎市佐土原町のテクノリサーチパークに進出し、工場を建設して、はんだ微粒子製品の生産を開始するまでに、ほぼ7年を要した。これは精密電子機器の各種材料に対する品質基準が非常に高く(これだからこそ日本製品は競争力がある)、同社と協力しながら多くの課題を一つ一つクリアするのに多くの時間を要したためである。

 7年間続いた研究の多くはノウハウの秘匿技術に属し、公表できない。しかし、企業に寄り添うこうした地道な研究は県内産業への貢献を第一義とするセンターだからこそできるものである。

 センターが誇る他のオリジナル技術についても多くのドラマがあり、今後のテクノリポートで紹介したい。


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