みやビズ

2019年8月26日(月)
わが社のスタイル

【制服編】 宮崎空港ビル

2012/07/24

熱意が生んだ世界に一つのオリジナルデザイン


ハワイを代表するアロハデザイナー、シグ・ゼーン氏がデザインした制服を着る宮崎空港ビル職員。部署ごとにテーマ色を変えている。立役者の藤本総務副部長(写真中央)が持つ絵は、同氏から「ファミリー」の意味を込めて贈られたものという

ハワイを代表するアロハデザイナー、シグ・ゼーン氏がデザインした制服を着る宮崎空港ビル職員。部署ごとにテーマ色を変えている。立役者の藤本総務副部長(写真中央)が持つ絵は、同氏から「ファミリー」の意味を込めて贈られたものという

 宮崎の空の玄関口で来県者を出迎える宮崎空港ビル(宮崎市、長濵保廣社長)のスタッフ。彼らが何げなく身に着けるアロハシャツやワンピースが、米ハワイを代表するデザイナーであるシグ・ゼーン氏のオリジナルデザインであることをご存じだろうか。大量注文を受けない独自のポリシーを持つ同氏が唯一制服の注文を受け付けるのは、世界中で宮崎空港ビル1社だけだという。不可能を可能にしたのは、1人の担当者の無知と熱意だった。

 担当者とは、同氏を「シグさん」と愛情を込めて話す同社総務副部長の藤本誠一さん。同社制服の立役者として社内の誰もが認める存在だ。同社の夏期(5~10月)の制服が同氏のブランド「SigZane」(シグ・ゼーン)製に変わったのは2006年5月。半年前に、藤本さんが同氏のアロハシャツを知ったことがきっかけだった。

 05年11月、藤本さんは宮崎市観光協会のメンバーと共にハワイ島にいた。目的はフラダンスの国際大会「モク・オ・ケアヴェ・インターナショナル・フェスティバル」の日本予選大会誘致。ちょうど宮崎県内で企業や行政が夏服にアロハを導入する動きが活発になっていたころ。自社用に、よりフォーマルなアロハを探していた藤本さんは、会合の席でハワイ州職員の数人が着ていたシグ・ゼーン製のアロハシャツに目を奪われた。

 翌日、ハワイ島にある店舗に直行しシャツを購入。偶然店にいたシグ・ゼーン氏に、思い切って連絡先を聞いた。同氏がアロハ業界で神様のような存在と知ったのは帰国後。無理を承知で約2カ月間、国際電話とメールを使い猛アタックを掛けた。

2012年4月に宮崎空港ビルが導入したタクシーコンシェルジュ。乗車案内などを担当する彼女たちの制服は、藤本さんが手掛けた。「フォーマルでありながら笑顔が似合う」がコンセプトで、冬服はエンブレム付きのジャケットにベレー帽のスタイルになる

2012年4月に宮崎空港ビルが導入したタクシーコンシェルジュ。乗車案内などを担当する彼女たちの制服は、藤本さんが手掛けた。「フォーマルでありながら笑顔が似合う」がコンセプトで、冬服はエンブレム付きのジャケットにベレー帽のスタイルになる

 デザインにハワイの精神を忠実に盛り込み、通常の2倍の生地を使う同氏のアロハ。制服受注の前例はなく門前払いが続いたものの、宮崎空港の写真を送ったり、宮崎の神話の話を用いたりして、いかに宮崎がハワイの風土に近いか、自社の制服に同氏のアロハを採用したいかを訴え続けた。最後は藤本さんの熱意が通じ、同氏から「せっかくならオリジナルデザインを描きたい」と申し出を受けるまでに。翌年4月の最終週、20種約600着の真新しい制服が届いた。

 それから6年。現在も毎年5月になると、空港ビルは同氏の新作を交えた制服で彩られ、ひときわ洗練された「南国宮崎」を県外客に印象付けている。

 同氏製のアロハシャツを制服に導入したことで県内外から問い合わせを受けるなど、制服の威力を実感した藤本さんも現在、新たなチャレンジを始めている。今春、空港ビル玄関前に導入したタクシーコンシェルジュの制服デザインを担当。空港ビル誕生50周年の節目を迎える11月には、冬の宮崎の温かさを表現する新たな冬服導入に向けプロジェクトを企画中だ。

 会社の今後のために制服を変えたいと模索していた一人の社員が、思いがけず国境を越えて一人の有名デザイナーに出会い、熱意を結実させて制服がもたらす可能性を示した。宮崎空港ビルは今、制服を通し自社の発信力に磨きをかけつつある。

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