みやビズ

2019年6月16日(日)
食・農 共感(県内農協シリーズ)

JA西都 【地域に生きる】

2013/01/15

栽培技術確立主力に ピーマンカラーピーマン


ピーマンを収穫する安達太一さんと、父幸男さん(後方)。品質管理に細心の注意を払いながら栽培している=西都市南方

ピーマンを収穫する安達太一さんと、父幸男さん(後方)。品質管理に細心の注意を払いながら栽培している=西都市南方

 「農業のまち」西都市が、県内屈指の食糧基地に成長したのは、半世紀ほど前に導入したハウスピーマンの存在が大きい。栄養価の高い果実は高度経済成長とともに家庭の食卓に並び始め、農家の所得は向上。高値で売れ、「緑のダイヤ」と呼ばれた。

 近年はハウスを暖めるのに欠かせない重油の高騰に悩まされているが、生産量はずっと県内トップ。JA西都の2012年産販売高は約22億円(5330トン)で、野菜全体の3分の1を占める。昨年10月には1億4647万円(国、市補助含む)を投じて選果機を整備。選果作業を機械化して生産者が栽培に専念できる態勢を構築し、収量増を目指す。

 カボチャやキュウリが中心だった地域農業の転機は1964(昭和39)年。男性9人がハウスピーマンの先進地・高知県に夜行列車で向かったことが始まりだった。長時間揺られながら何度も通い、技術を持ち帰った。「失敗したら財産を売り払えばいいという覚悟でやっていた」と今も現役の合田徹さん(78)=西都市清水。

 北九州を中心に出荷し、当時の野菜としては異例の1キロ当たり100円で売れた。栽培面積は一気に拡大し、80(同55)年に販売高は約60億円に達した。病気に強く収量性の高い品種を積極的に取り入れ、現在は「京鈴」「みやざきグリーン」が約9割を占める。

 祖父の代から3代目となるJA西都ピーマン部会長の安達幸男さん(51)=西都市南方=は「先代から続く産地を守りたい。重油高などで大変な時代だけど、元気な後継者も多いんですよ」と明るさを失わない。長男の太一さん(25)は「若手農家の勉強会では新しい栽培技術が話題になるし、互いに刺激を受けている」と話す。

 2000年には安価な外国産の流入に対抗するため、中型カラーピーマンの試験栽培に12戸が着手。果実表面の裂皮などを独自の技術で解消しながら、02年から夏秋栽培、04年からは夏も夜間の温度が低い西米良村天包高原での生産をスタートさせ、周年出荷を実現。07年にカラーピーマンの専門部会(鬼塚長幸部会長)も発足し、ピーマン部会と2本柱で産地を引っ張る。

 カラーピーマンは花が咲いてから収穫まで60~70日間と、ピーマンの約2・5倍を要し手間は掛かるが、赤、黄、オレンジの鮮やかな色は料理に映える彩りとして人気。部会員40戸のうち半数がカラーピーマン専業で、13年産は約10ヘクタールで733トンの出荷を計画する。鬼塚部会長(55)は「産地化は図られた。今後は県を代表するブランドとなるよう、より一層の品質管理にこだわりたい」と意気込む。

JA西都
【JA西都メモ】
設立年月日 1964(昭和39)年
本店所在地 西都市右松2071
管轄エリア 西都市、西米良村
正組合員数 4391人
准組合員数 3278人
農畜産物販売額 約83億円
主な品目 ピーマン、和牛、マンゴー
※データは2011年度

壹岐定憲組合長
壹岐定憲組合長
プロフィル

 西都市三宅。1971(昭和46)年から和牛肥育一筋。理事、副組合長を経て2010年から現職。口蹄疫で牛を失い、現在は組合長職に専念。66歳。(いき・さだのり)

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