みやビズ

2019年10月14日(月)
みやにち首都圏マガジン

元気発信 フルート・サックス奏者 川満 直哉さん

2012/07/23

音楽を生業に夢実現


川満さんは父方の祖父母の出身地の沖縄県伊良部島や宮古島を年1度は訪れる。今年も7月上旬に渡島し、ライブを行った。風景写真の撮影もライフワーク(本人提供)

川満さんは父方の祖父母の出身地の沖縄県伊良部島や宮古島を年1度は訪れる。今年も7月上旬に渡島し、ライブを行った。風景写真の撮影もライフワーク(本人提供)

 ミュージシャンになりたい―。夢を抱く若者は多いが、現実は厳しい。宮崎市出身のフルート・サックス奏者、川満直哉さん(41)=東京都在住。一度は断念した夢を、着実に形にして舞台に立っている。(東京支社報道部長・見山輝朗)

 今月18日夜、新宿区にあるライブハウス。川満さんがリーダーを務めるボサノバのカルテットによるコンサートが開かれた。川満さんがフルートやピッコロ、サックスで主旋律を演奏。実力派のピアノ、ギター、ドラム奏者が脇を固め、心地よいメロディーとリズムで聴衆を酔わせた。

 この日は川満さんの41回目の誕生日。ファンからのプレゼントやバースデーソングの合唱もあり、店内はアットホームな雰囲気に包まれた。

 「多くの皆さんにお祝いしていただき、うれしいやら恥ずかしいやら申し訳ないやらで胸がいっぱいになった」

 川満さんが「笛」に傾倒したきっかけは、宮崎市の江南小3年のとき。担任の女性教諭が、音楽の授業で使う縦笛で誰が一番多くの曲を覚えるかを競争しようとハッパを掛けた。川満少年は夢中になって笛の練習に明け暮れた。

 中学の国語教諭だった父は熱心な息子の姿にほだされ、フルート教室に通わせた。吹奏楽の名門だった大塚中でも活躍したが、宮崎西高に進学後は封印。川満さんは「あまりに笛にはまりすぎたため、今度は親が見かねて、高校では受験勉強しろと許してくれなかった」と苦笑いする。

自らのバースデーライブでボサノバの名曲を奏でる川満直哉さん。艶のある音色で聴衆の心に訴えかける=東京都北新宿の「大久保Boozy Muse」

自らのバースデーライブでボサノバの名曲を奏でる川満直哉さん。艶のある音色で聴衆の心に訴えかける=東京都北新宿の「大久保Boozy Muse」

 早稲田大第一文学部に入学後はジャズ系のサークルで活動。音楽で身を立てたいという思いが募った。「30歳までにめどが立たなければ就職する」。川満さんは親を説得して音楽の専門学校に通った。いろんなコンテストにも挑戦したが、実を結ばなかった。

 気が付けば30歳になっていた。音楽を諦めてサラリーマンになった。しかし、5年勤めた後に転職先の採用面接に行ったとき、志望動機を説明できない自分がいた。

 「原点は音楽」。再びフルートやサックスを手にする毎日に戻った。覚悟を決め、演奏活動を始めると、いろんな誘いが集まり始めた。収入確保のための夜勤仕事を2010年暮れに辞めた。39歳。ついに音楽が生業になった。

 翌11年からはさまざまなアーティストのライブやアルバム制作に参加。フルートが前面に出るボサノバをはじめ、ジャズやポップス、ロック、アニメ曲。ジャンルは広い。

 「ジャズのフィーリングが分かるフルーティストは珍しい存在として重宝される。サックスも勉強し、畑違いの音楽に取り組んできたことが有効に機能を始めた」

 川満さんの父方の祖父母は沖縄県の伊良部島出身。戦時中に宮崎に疎開し定住した。川満さんは年1度は同島や宮古島に足を運び、ソロのライブもやるようになった。自分のルーツをたどる旅でもある。

 今年は父の3回忌。「自分のわがままを聞いてくれた両親に感謝している。いつかは自分のバンドで宮崎の皆さんの前で演奏したい」

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