みやビズ

2019年10月17日(木)
みやにち首都圏マガジン

元気発信 羽村市動物公園園長 林  修治さん

2012/06/26

“童話ランド”で再生

 
殺風景だった入園口を自作の「ウェルカムガーデン」で彩った林さん。「工夫好きに育ててくれた父母と、ずっと支えてくれた妻のおかけで今の自分がある」と家族への感謝を忘れない=東京都・羽村市動物公園

殺風景だった入園口を自作の「ウェルカムガーデン」で彩った林さん。「工夫好きに育ててくれた父母と、ずっと支えてくれた妻のおかけで今の自分がある」と家族への感謝を忘れない=東京都・羽村市動物公園

 小さな奇跡―。東京郊外にそう呼ばれる公立動物園がある。活気を失い投資もままならない中、園長にスカウトされ再生に導いた林修治さん(63)。宮崎県民なら誰でも知っている動物園の元園長だった。(東京支社報道部長・見山輝朗)

 都心の新宿から電車で西に約50分の距離に東京都羽村市はある。面積は9・91平方キロメートル。高鍋町の5分の1しかない多摩地域の小さな市が所有するのが羽村市動物公園だ。

 1978(昭和53)年、市制施行前の羽村町が全国初の町営動物園として開園。初年度は約45万人が足を運んだ。しかし、次第に低迷。入場者は20万人を割り込んだ。

 羽村市は、民活による質の向上とコスト削減を目指し、指定管理者制度を導入。2008年度から西武グループのレジャー施設会社「横浜八景島」が運営を受託した。

 園長に派遣されたのが宮崎市出身の林修治さん。旧フェニックス国際観光社員でフェニックス自然動物園の園長を務めた。宮崎市が01年に同園を取得後、03年11月まで園長を続けた。退職後は経験を買われ、西武グループが埼玉県飯能市で経営していた動物園の園長に就任。さらに羽村市動物公園の再生請負人として白羽の矢が立った。

 敷地面積はフェニックスの3分の1程度。約100種類の動物に目玉もいなければ、ジェットコースターなど集客力のある施設もない。投資予算はもちろんない。しかし、林さんはワクワクした。いくらでも工夫できる余地があったからだ。「フェニックスで培った経験や、私の前の園長だった片山望さんから教えられたことを生かせる」。

 まずは、園内に花が少ないと感じ、趣味のガーデニングの腕を振るった。買えば高価な枕木を西武鉄道からもらい受けるなどして、あちこちに手作りの花壇を整備した。

「オオカミと7匹の子ヤギ」をイメージして製作した「ヤギさんの童話ランド」。園内はほのぼのとしたアットホームな雰囲気に包まれ、利用客から「明るくなった」などと好評だ=東京都・羽村市動物公園

「オオカミと7匹の子ヤギ」をイメージして製作した「ヤギさんの童話ランド」。園内はほのぼのとしたアットホームな雰囲気に包まれ、利用客から「明るくなった」などと好評だ=東京都・羽村市動物公園

 最も真価を発揮したのが、童話をテーマにした動物展示のアイデア。「童話には多くの動物が登場し、おじいちゃん、おばあちゃんから子どもまで話が通じる。その場面を展示することで共通の話題と見る楽しさが増える。こうした話題づくりもフェニックスで学んだこと」

 林さんは「ウサギとカメ」を同居させた施設を手始めに「3匹の子豚」「サルカニ合戦」「オオカミと7匹の子ヤギ」をヒントにした“童話ランド”を手作りして、それぞれの動物を展示。「ユニークな童話の動物園」として在京紙やテレビで紹介され、人気に火がついた。林さんが主人公の絵本まで出版された。

 餌やりなど動物と直接ふれあう機会を演出したり、隣接する小学校の通学路に園内を開放するなど多彩な取り組みを展開。年間入園者はバブル期並みの約29万人に回復するなど大きな成果を挙げた。

 「大きな動物園に施設では負けても気持ちでは負けない。60歳を超えて、こんなに夢のある仕事をさせてもらって幸せだ」。林さんは今日もワクワクしながら動物たちに向き合っている。

アクセスランキング

ピックアップ