みやビズ

2019年7月19日(金)
キーパーソン

パティスリー・ラ・ノブティック代表 日高宣博さん

2013/07/01

お菓子で役に立つ

 目移りするほどのお菓子が並んだ。宮崎観光ホテル(宮崎市)のガーデンレストラン・はな花で2日間限定で開かれた「スペシャルスイーツ&ライトミールフェア」。スイーツを用意した、東京で洋菓子店を経営するパティシエ日高宣博さん=同市出身=は幸せな顔を浮かべる人たちを見て、フェアに参加して良かったと思った。高校卒業と同時に宮崎を離れ、それから33年。東京で腕を磨き続け、日本を代表するパティシエになった。「これからは古里にも目を向け、役に立つことをしたい」。しっかり前を見据えている。

ケーキの生地にシロップを塗る日高さん=東京都板橋区のパティスリー・ラ・ノブティック

ケーキの生地にシロップを塗る日高さん=東京都板橋区のパティスリー・ラ・ノブティック

 子どものころ、台所に立つことが多かった。母親が仕事をしていたからで、好きに料理をしていた。「料理をするのは嫌ではなかったし、将来はその道に進みたかった」。宮崎商業高商業科を卒業し、大阪あべの辻調理師専門学校へ。和・洋・中、それに製菓。いろいろ勉強する中で、大きな衝撃を受ける。

 ロールケーキを作るのを見た時だ。「食材が全然違う形に変わる。衝撃を受け、感動も覚えた」。例えば卵、砂糖、小麦粉。ミックスすると、スポンジができる。また、砂糖はあめ細工としてもきれいな形になる。「自分の創造力を生かせる。おもしろいと思った」。もともとお菓子好きだったが、この時パティシエを目指すことを決めた。

 東京・麻布のイタリアンレストラン「キャンティ」、成城のフランス菓子専門店「マルメゾン」など、数々の名店で修業を積んだ。1987(昭和62)年には食文化研究のため、渡欧。フランス、オーストリア、ドイツなどを回り、お菓子や食材の奥深さをあらためて実感した。「お菓子があれば、何となく幸せな気分になるのは万国共通だった」

 特に大きなキャリアアップとなったのは、明治記念館での仕事だ。同館は皇族や国賓クラスが利用し、高松宮殿下記念世界文化賞といったイベントも催される。「独特な緊張感があり、失敗は許されなかった」。17回もメニューを考えた。製菓部長に就任し、洋菓子ブランド(菓乃実の杜)の開発やお菓子教室(ジェンティールアカデミー)の立ち上げなどに携わった。

 99年の世界洋菓子連盟主催の大会にも日本代表のキャプテンとして出場(総合4位)。一流のパティシエと認められるようになったが、一方で管理職としての仕事が徐々に増えた。思うように現場に立てないことに、物足りなさも感じるようになった。「原点に戻りたい。作り手として菓子作りを見直したい」。独立を考えた。

パティスリー・ラ・ノブテックを経営する日高宣博さん=東京都板橋区のパティスリー・ラ・ノブティック

パティスリー・ラ・ノブテックを経営する日高宣博さん=東京都板橋区のパティスリー・ラ・ノブティック

 ただ、会社には大きな仕事をさせてもらった恩があるし、独立への不安もないわけではない。社長から慰留されたが、これまでの実績や経験が支えとなった。「人生は一度限り。自分なりにお菓子を進化させたい」。2年間の準備を経て、長年住み慣れた東京(板橋区)に店を構えた。心掛けるのは、幸せを感じるお菓子だ。

 本県出身のシェフでつくる「宮崎シェフズクラブ」のメンバーとして、宮崎観光ホテルで開催されるコラボレーションイベントにも参加する。また、プロのパティシエや洋菓子ファンのために、焼き菓子の発想と技法をまとめた本も出版。「年齢的に後進の育成に力を入れたい。これまで培った技術を惜しみなく伝えていければ…」と話す。

 現在のライフワークになりつつあるのが、糖質を控えた低糖質菓子の開発・販売だ。糖尿病の専門医である医師の協力を得ながら意欲的に取り組んでいる。「健康上の理由で甘いものが制限されてきた人に喜んでもらいたい」。糖質の多い小麦粉や砂糖に代わる材料を使いながら、安心しておいしく食べられるお菓子を目指す。

ここが聞きたい

 -古里の宮崎を離れて33年になる。振り返ってみて。

 最初は、とにかくがむしゃらに頑張った。あえて古里のことは考えないようにして、何でも吸収してやろうと思った。ただ、40代半ばを過ぎ、ある程度自分のやりたいことも実現すると、これまで培ってきたものを古里のために役に立てられないか、と考えるようになった。

 -今後、宮崎シェフズクラブではどのような活動をしていくのか。

 クラブの紹介を受けた時、東京で活躍している宮崎出身のシェフがこんなにいるとは思わなかった。総じて言えるのは、宮崎への思い入れはすごいこと。他県に比べても強いのではないかと感じるほどだ。個人的には宮崎で店を構えることも一つの夢だが、イベントを通してプロの方々やパティシエの卵たち、お菓子好きの人たちに、私の目指すお菓子作りの考えを伝えていけたらと思う。

わたしのオススメ

 思い入れのあるスイーツと言えば、ヴィエノワ。1999年にチェコで開催された洋菓子世界大会に日本代表として出場した時に出品した作品。かつてヨーロッパで食文化を勉強中にウィーンの店で知って感動したスイーツで、現在は日本人が好むようにアレンジして販売している。ヘーゼルナッツ風味の香ばしくコクのある生地に、クルミリキュールで香りをつけたクリームを合わせていて、人気商品の一つだ。(談)

プロフィル

 ひだか・のぶひろ 日本洋菓子協会連合会の公認技術指導委員も務め、全国の大学や調理師学校などで客員講師として活躍中。東京で経営する洋菓子店「パティスリー・ラ・ノブティック」のノブティックは、宣博さんの「のぶ」とフランス語で店を意味の「ブティック」を掛け合わせた。ノブティックのホームページアドレスはhttp://www.noboutique.net。1961(昭和36)年12月生まれの51歳。

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