みやビズ

2020年2月24日(月)
キーパーソン

楽まち舎代表 三堀俊之さん

2013/05/02

商店街再生の請負人


 「100年後も残る商店街の見本にしたい」。東日本大震災からの復興を進める岩手県陸前高田市の仮設商店街や商工会のメンバーが2月、日向市の上町商店街を訪れた。鉄道高架、区画整理、TMO構想策定、高度化資金活用の4本柱を一気に進めた成功事例の視察だった。「全国の商店街の中から、理想のモデルとして唯一、上町商店街を選んでくれたんです」

上町商店街振興組合の則貞理事長と商店街の魅力について語る三堀さん(写真右)

上町商店街振興組合の則貞理事長と商店街の魅力について語る三堀さん(写真右)

 コンサルタントとして10年以上にわたり同商店街再生を支援した「楽まち舎」代表の三堀俊之さんは、このときの様子をうれしそうに語った。生まれ故郷の神奈川県から同市に移住するほどの入れ込みようで、その手腕は「商店街再生の請負人」と評されるほどだ。

 日向・入郷地区の玄関口として栄えた同商店街は、集客力のあった旧寿屋の閉鎖や大型店舗の郊外出店で、衰退の危機にあった。対策として市が行ったのが、1999年に事業計画を決定した駅周辺の土地区画整理事業。これは、同時期に計画されていたJR日向市駅の鉄道高架事業に合わせたもので、日向商工会議所もTMO策定に着手。大規模再開発事業の始まりだった。

 三堀さんは当時、神奈川県内でTMO策定や店舗集団化事業を支援するコンサルタント会社で働いていた。三堀さんが同商店街のコンサルタントを引き受けるきっかけは、同市出身の会社OBの勧めだった。「それまではバブル景気の影響で大風呂敷の計画が多かった。しかし、身の丈に合った街づくりをしようという日向の人たちの気持ちに共感した」

 県外では行政、商工団体、商店主の3者の足並みがそろわず苦労するケースも多い。しかし、3者の連携と目的意識が強く、「ここで成功しなかったら、やめてしまってもいい」と腹をくくるほどだった。また、大手コンサルタント業者の多くは、地方の現場に訪れる回数は月1、2回。「スピード感に欠けている。地域密着コンサルタントとしてスタートしたい」と熱が高まり、すぐに上町商店街の一角に引っ越した。

商店街再生と大型店舗の共存について語る三堀さん

商店街再生と大型店舗の共存について語る三堀さん

 三堀さんは商店を1軒ずつ回り、販売実績や家族構成などを丹念に聞いて回った。「20年先まで続く計画をつくるには、商売を続ける意志と後継者がいることが不可欠」だからだ。また、区画整理事業では、換地が大きなポイントとなる。地権者と建物の所有者が違う場合の交渉や、それぞれの商店主の事情に対応することも率先して解決に動いた。その姿に接した商店主たちからも「誠実で丁寧」と信頼を高めた。

 2002年に最初の事業だった10街区の5店舗が完成。三堀さんは「小さな事例でも、成功した形を示すことができたことで、他の商店主たちの自信につながった」と振り返る。これを皮切りに、03年には8街区(8店舗)、04年には13街区(7店舗)、10年までに8街区から15街区までの上町商店街の全てを完成にこぎ着けた。

 三堀さんはこの間、日向市、日向商工会議所、ひゅうが十街区協同組合、上町商店街振興組合の委託を受け、全ての街区のコンサルタントを請け負ってきた。

 上町商店街振興組合(則貞通純理事長)によると、上町商店街には後継者も育ち、各店舗の経営状態も上々だという。月1回のペースで県内外から視察が訪れるほどだ。三堀さんは同組合などが主催するイベントにも積極的に参加し、街の魅力発信に汗を流す。「接客や専門性といった魅力に生き残りの道がある」。淡々と語る中に、商店街再生への自信と愛着がにじみ出ている。


ここが聞きたい

 ―大型店舗との共存は

 共存は可能。「2核1モール」と言う通り、商店街には大型店舗2店を配置し、人の流れをつくることが大切。上町商店街も、量販店「トライアル」とスーパー「ながの屋日向市駅前店」があることで商店街の客足につながっている。大型店舗の出店を求める商店街も多い。商店街ファンは必ずいて、日向市外からの来客もあるほど。価格競争をするのではなく、路面販売で専門的なアドバイスや、お客さんとの会話を大切にしてほしい。

 ―上町商店街の人材育成は

 後継者を中心とした若手グループ「ネクスト上町」を2011年に立ち上げた。20~40代の8人が3カ月に1度集まり、意見交換している。この中から10年後の上町商店街振興組合の役員が育つといい。


わたしのオススメ

 宮崎は人も気候も温かい。日向市に移住してからゴルフを始めた。ベストスコアは94だが、だいたい110番。(談)


プロフィル

みほり・としゆき 神奈川県平塚市出身。1990年、東京理科大工学部建築学科卒、和敬東京支社、まちづくり計画・建築研究所などを経て、2008年に楽まち舎を設立。得意のカラオケは、歌手7人の曲を7曲連続で歌って700点を記録するほど。1968(昭和43)年8月生まれの44歳。

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