みやビズ

2019年10月16日(水)
キーパーソン

JR九州宮崎総合鉄道事業部長 川原淳一さん

2011/08/15

鉄道と故郷への熱意で観光振興


日南線の観光特急列車「海幸山幸」号の前に立つ川原さん。努力の甲斐あり、同列車の人気は高い

日南線の観光特急列車「海幸山幸」号の前に立つ川原さん。努力の甲斐あり、同列車の人気は高い

 3月12日に九州新幹線が全線開業した。この一大イベントの1年半以上前から、新幹線の本県への波及効果を考え、日南線の観光特急列車「海幸山幸」号などの利用促進を図ってきたのが川原さんだ。本県出身者で初となるJR九州の宮崎エリア責任者として、鉄道と故郷への熱い思いを胸に、自社の利益ばかりでなく本県の観光振興へ活動している。

 本県への着任は2009年6月。「こちらに来る前、唐池恒二社長から二つを託された。それが海幸山幸と九州新幹線の波及効果」と明かす。「海幸山幸」は赴任後の同年10月に運行を始め、現在もほぼ満席の状況が続く。同列車と連動して観光地を回るバス「にちなん号」を走らせる宮崎交通との連携、停車駅に列車と同じ飫肥杉製のベンチを設置するなど準備を進めた川原さんらに負うところが大きい。

 「日南線には、車掌として乗務経験もあり、車窓からの眺めや地形などはすべて頭に入っていた」。乗客に沿線の風景をどう楽しんでもらうか、演出の面などで国鉄時代の経験が大いに役立っている。

 三股町で生まれ、都城泉ケ丘高校卒業後は進学も考えた。しかし、「国鉄鹿児島駅の駅長をしていた親類の姿を子どものころに見て、400~500人の駅員をまとめる姿に憧れ、自分も国鉄に入ろうと決めた」という。地元で働きたいという願いがかない、宮崎と鹿児島県を管轄する鹿児島鉄道管理局に採用され、2年間日南駅で改札業務など担当。その後6年間、車掌として日南、日豊、肥薩線など九州のほぼ全域で乗務した。

 「車掌時代、車内での高校生のマナー違反を厳しく注意するなど青少年の健全育成に力を注いだ」。当時から今に続く「悪い芽は早く摘め」という社の考えからだ。ただ、巨額の赤字を抱えて国鉄への風当たりは強い時代。「社外に出るときは記章を外した。国鉄マンと分かると何を言われるか分からなかったから」と振り返る。期せずして社員の整理にかかわる業務も担当し、「仲間を辞めさせなければならない、つらい仕事だった」。その後、JR九州本社(福岡市)の営業本部、総務部、旅行事業本部などで責任ある仕事を任され、唐池社長から本県エリアを任された。

「宮崎の人に喜んでもらうことが生きがい」と話す川原さん

「宮崎の人に喜んでもらうことが生きがい」と話す川原さん

 事業本部の自室ドアは開け放ち、県庁や市町村の観光関係者がよく出入りする。常に情報交換し、請われれば観光振興について講演も。「地域が元気にならなければ、まずJRに乗ってもらえない。JRばかりでなく地域にもお金を使ってもらわなければならず、そのためには行政機関や陸海空の各交通機関と連携を図ることが重要」との考えからだ。新幹線全線開業に合わせ宮崎交通などと運行を始めた高速バス「B&Sみやざき」も、その具現化と言える。

 「海幸山幸」は当初目標を大きく上回る人気ぶりで、新幹線全線開業に備えた先行投資の役割を果たした。また、新幹線の波及効果を招くべく、老朽化していた日豊線の特急に「リレーつばめ」の車両を導入し、宮崎-鹿児島中央駅間の特急「きりしま」に客室乗務員を乗せるなど在来線の魅力アップにも努め、社長から託された二つの課題を徐々にクリアしつつある。

 地元で働こうと入社した国鉄。JR九州では二十数年地元を離れ、「外から見たからこそ、故郷のいいところも悪いところも分かる」と川原さん。「宮崎の人に喜んでもらうことが生きがい」と、自社の各事業と地域振興を軌道に乗せる試みは、まだまだ続く。


ここが聞きたい

 ―九州新幹線の全線開業は本県にも一定の効果をもたらしているようだ。今後の課題は。

 4月以降、特に県南地域は各駅で前年同月を超える売り上げを確保し、「海幸山幸」号との連携も図れている。今後は延岡、日向など全県へどう効果を波及させるかだ。そのために観光パンフレットを連携して作るなど、市町村などとの連携を深める。

 ―本県の観光振興には何が必要か。

 いかに遠方から人を呼び込むかが重要。遠方になるにつれて土産、食事などに使うお金は多くなり、経済効果も大きくなる。持論としては、1泊目をどう確保するかが大切だと考える。「南九州」「宮崎県」のフレームでやってくる観光客、リピーターを増やすため、「おらが村だけでいい」という考えではなく広域で連携して魅力ある観光地にしなければならない。見て参加して楽しいイベントの企画なども必要ではないか。

私のオススメ

 宣伝ではないが、列車に乗ってボーッとしながらあちらこちらに行くのがいい。また、物事を考える時、じっとしているのではなく、歩きながらなど体を動かして考えるようにしている。決断力が高まるから。(談)


プロフィル

 かわはら・じゅんいち 三股町出身。都城泉ケ丘高卒業後、1977(昭和52)年、国鉄入り。2009年6月から現職。毎月1回は「海幸山幸」号に乗車し、観光案内などが風景にマッチしているか確認する。宮崎市に妻と2人で住みながら、「たまには母の住む実家にも戻り親孝行している」。55歳。

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