みやビズ

2019年10月16日(水)
キーパーソン

宮交ホールディングス社長 塩見修さん

2011/08/11

再建へ「七転八倒」の6年間


路線バスの運転手と話す塩見社長(右)。「安全運転については繰り返し従業員に言っている」

路線バスの運転手と話す塩見社長(右)。「安全運転については繰り返し従業員に言っている」

 宮崎交通グループ社長としての現在は、何か“宿命”に導かれたようにも映る。生まれ育ったのは宮崎交通(宮交)旧本社近くの宮崎市中村4丁目。「宮崎観光の父」と呼ばれた宮交創始者の故・岩切章太郎氏の住まいは目と鼻の先にあった。

 昭和20年代後半から30年代の小学生時代。洋裁店を営んでいた祖母のお使いで、品物を近所の岩切家に何度か届けたことがある。そのお駄賃として岩切家でもらった洋菓子の味が今も忘れられない。帝国ホテルの包装紙に包まれた洋菓子のケーキは「天にも昇るようなおいしさだった」。そして少年時代の遊び場はバスの停留所。停車した宮交バスの後部バンパーに手を掛け、発進と同時にどこまで走れるかを友だちと競った。高校時代、雨の日に学校まで送り届けてくれたのも宮交バス。大学進学で宮崎を離れるまで、宮交はそんな身近な存在だった。

 「大学の就職案内で偶然目に入った」という全日本空輸(全日空)に1969(昭和44)年入社。だが、わずか2年で運輸事業者が負う「重責」を突きつけられる大惨事に遭遇する。71(同46)年7月30日、岩手県雫石町の上空で全日空旅客機と訓練中の空自機が接触し墜落。全日空機の乗客、乗員162人全員が死亡した。

 当時は羽田空港勤務。東京・上野駅で位牌(いはい)を抱えて帰る遺族を出迎えた。「駅構内に小さな祭壇をつくり、悲しみにうちひしがれた遺族をお世話した」。その後、全日空で過ごした34年間、そして宮交グループトップの現在も、口酸っぱく「安全」を説き続けてきた原点はこの体験にある。「安全に万全はない。謙虚な姿勢に基づき100%に近づけるように追求できるか。安全は経営の基盤であり、社会に対する責務」。深く胸に刻み込まれた教訓はずっと色あせていない。

「宮交の近くで生まれ育ち、社長になったのも二重、三重の縁を感じる」と話す塩見社長

「宮交の近くで生まれ育ち、社長になったのも二重、三重の縁を感じる」と話す塩見社長

 ANAコミュニケーションズ社長時代の2005年6月。宮交グループ社長就任の話は突然だった。産業再生機構支援による宮交再建に関する連日の報道を見て「あの名門が…」と驚いていた直後のこと。「宮交に人を送ることになった。やってもらえませんか」。西都市出身で全日空の人事担当役員だった伊東信一郎現社長が、地元スポンサーから依頼を受けて要請に訪れた。迷いはなかった。「どんな困難があってもそこに飛び込めばおのずと道は開ける。『NO』と言って一生後悔する選択肢はなかった」。全日空を退社し、故郷の老舗企業の再建に身を投じた。

 再生計画に基づく資産売却、不採算事業からの撤退、役員や従業員の賃金カットなど「七転八倒の6年間だった」。従業員一人一人の能力を引き出すために業績目標制度を導入し、競争にさらされていなかった社内風土の変革にも努めた。宮交グループ連結決算は06、07、09、10年3月期で最終黒字を確保した。

 ただ、昨年から口蹄疫、新燃岳噴火、東日本大震災と災禍が続き、観光関連事業が低迷。2011年3月期は赤字転落を避けられなかった。「6年の中で特に厳しい1年だった」。主力のバス事業は路線バス乗客が減少する中、小型バス導入や「一つのターニングポイント」と位置付けるJR宮崎駅西口でのバスセンター開設(11月)に合わせ、現在、路線やダイヤ見直しを進める。トップとして「もがき苦しむ毎日が続いている」と笑う。

 最後に宮交との不思議な縁を教えてくれた。「おふくろは宮交が創業した1926(大正15)年に生まれて、宮交が産業再生機構の支援を仰いだ2005年に亡くなった。今考えると、おふくろが俺を呼んだのかもしれない」

ここが聞きたい

 -2011年3月期は最終赤字になった。観光の現状はどうか。

 今年も4~6月はだめだった。7月は最悪期を脱したと思う。えびの高原も少しずつ観光客が増えているが、韓国岳の入山規制がまだ続いている。規制解除になれば新燃岳を見たいという登山者も多いと思う。だが、これだけは経営努力の枠外の話になるからどうしようもない。

 -路線バスの現状は。

 1969(昭和44)年に約7800万人いた乗客は、現在1000万人程度で、8分の1に減少した。2009年から36人乗りの小型バスを導入し、現在23台。これだと公安委員会の許可を得れば、団地の細い道などでも乗り降り自由の区間を設定することができる。今後、利用者が増えれば小型バスを増やしていきたい。またJR宮崎駅のバスターミナル開設に合わせたダイヤ、路線改正も、消費者のニーズがどこにあるかをアンケートなどで集約している。運転手の声なども含めて集め、改正に反映させていきたい。

私のオススメ

 フィットネスクラブに週2、3回は通っている。平日と土、日曜も行く。肉体的、精神的ストレス発散のために、新聞などを読みながら自転車をこいだりしている。東京にいた49歳のころ、50代を前に肉体、精神を鍛えようと始めたのがきっかけ。以前はエアロビクスもしていた。いい汗かいておいしいビールも飲みたい。ビールを飲みながらテレビで叙情歌の特集番組を見たりもする。(談)

プロフィル

 しおみ・おさむ 大淀小・中学校、大宮高を経て早稲田大第一法学部卒。1969(昭和44)年、全日本空輸入社。秘書室長、名古屋支社長、北京支店長を経て2003年からANAコミュニケーションズ社長、05年6月に全日空退社。同年6月、宮交ホールディングス社長就任。信条は「備えを常に」。「安全問題も未然にいかに防止するかの備えが大事」と肝に銘じている。64歳。

アクセスランキング

ピックアップ