みやビズ

2020年1月26日(日)
キーパーソン

梅田学園社長 梅田條尾さん

2012/07/23

ドライバー、県民の安全願う

 「自動車学校というのは、行政から認可を受けて事業をさせていただいている公共的な面と、スタッフの雇用を守る企業的な側面がある。いずれもしっかりと責任を持って取り組まなければならない」。宮崎市内の四つを含む県内五つの学校を経営する責務を、そう紹介する。ドライバーを育成する「公共的」な立場から交通安全への思い入れは強く、免許取得を目指してハンドルを握る生徒たちにはもちろん、社会貢献活動などを通じて広く県民に啓発を続けている。

宮崎シーサイドモータースクールの教習コース前に立つ梅田さん。免許取得を目指す若者らが「交通安全」意識を持つよう願ってやまない

宮崎シーサイドモータースクールの教習コース前に立つ梅田さん。免許取得を目指す若者らが「交通安全」意識を持つよう願ってやまない

 日之影町で生まれ、物心ついたころ都農町に引っ越した。「『つのちょう』と聞いて、町の入り口に角がはえた恐ろしい動物がいるかと思った」と笑う。父の転業に伴う転居だったが、「トラックの荷台に敷いた布団に寝て越したことを今でも覚えている」。

 子どものころから野球好きで、都農小、都農中を卒業すると、野球で強い選手を求めていた延岡学園高へ進学する。捕手として活躍したものの、父が都農町内で手掛けていた自動車練習場が行き詰まったことなどもあり、大学へは進まず大阪府のガラス関係の企業に就職。準硬式野球部があったからだったが、2年ほどで母が住む名古屋市へ。さらに2年ほどで、木城町と川南町にパチンコ店を開いた父と兄から手伝うよう請われ、帰郷する。

 パチンコ店では玉の補給などをしていたものの、素行の悪い客が多く嫌気がさすようになった。父が日向市の米の山に自動車学校を設立したのを機に同校へ移り、自動車学校の経営に関わることになる。26歳の時だった。県公安委員会から指定を受けるために必要な業務に励む傍ら、生徒に教える指導員、検定員の資格も取得。父は宮崎、日南市、佐土原町でも学校を開き計4校体制に。しかし、日向、日南の学校はしばらくして手放す。「少子化が進むと郡部では生徒集めに苦労すると考え、宮崎と佐土原の2校に集中する方がいいと判断した」という。

 バブルがはじけた1990年代初め、保証かぶりのため経営に苦しみ、「晴れた時に傘を貸して、雨が降ると傘を貸さない-という金融機関の実情をよく理解できた」とも。それでも42歳での社長就任後に導入した合宿免許制度などが奏功して苦境を乗り越え、2008年以降は「宮崎シーサイド」(宮崎市)、「きよ武」(同市清武町)、「小林」(小林市)の各モータースクール、自動車学校をグループ化。過当競争による教習料金の極端な低下を防ぐためなどにも必要なグループ化で、「亡くなった経営者の親族から続けてほしいと頼まれた学校もある。4校は宮崎市内にあり、全国でも同じ都市に4校を持つところは少ない」と自負する。

「交通事故のない宮崎の実現のため力を尽くす」と話す梅田さん

「交通事故のない宮崎の実現のため力を尽くす」と話す梅田さん

 県公安委員会指定自動車学校という公共的な面から、交通安全意識の啓発には力を入れる。毎春、5、6人のスタッフが県内の小・中学校で開いている交通教室や、地区の公共施設などで高齢者らを対象に催す「交通安全のつどい」などは、その一環だ。2003年に県内唯一の社会人硬式野球部を設立したのも、選手たちの受け皿になるという社会貢献に加え安全意識の高揚が目的だった。「安全教室などでは一部の人にしか訴えられないが、県民は野球への関心が高く、多くの人が見てくれている。試合会場には必ず『交通安全』などの横断幕を掲げており、梅田学園イコール交通安全ということをPRできているのではないか」

 各学校に目を配る忙しい時間の中で、送迎バスを運転しては生徒の声を聞くほか、合宿の生徒たちが宿泊するコテージでは草刈りなどに汗を流す。「現場を知らずして中小企業の経営者とは言えない」との言葉は、企業的側面から学校を重視する姿勢の表れだろう。

 今後の目標を尋ねると、「交通安全を第一の使命として、事故のない宮崎の実現へ力を尽くす」と明確な答えが返ってきた。「そのためには、スタッフが一体となって本来の仕事をすることだ」。もちろん、自らが率先する決意に揺るぎはない。

ここが聞きたい

 -免許を取得するドライバーたちに望むことは何か。

 心でハンドルを握ってほしい。梅田学園主催の野球大会に出場した子どもさんが、事故の被害者になり亡くなってしまったことがある。その子どもさんの父親から「心でハンドルを握るよう指導してください」と言われた。飲酒、携帯電話の操作、スピードの出し過ぎなど、事故につながる要因はドライバーの心に緩みがあるから。これからも「心でハンドルを握って」と言い続けたい。

 -結成9年目を迎える宮崎梅田学園野球部の目標は。

 いつの日か、東京ドームのスタンドに「交通安全」の横断幕を掲げたい。そのためには都市対抗野球の予選を勝ち抜かなければならないが、九州強豪チームが多く、私が生きている間は難しいかもしれない。時に叱咤(しった)したり、時に勇気をもらうなど24人の選手たちとの関係は深い。彼らには、ぜひ実現してほしい。

私のオススメ

 ウオーキングだ。15年ほど前から毎日1時間歩くようにしており、今は県総合運動公園でウオーキングしている。自分で決めたことを実行しなければ納得できないタイプなので、土曜も日曜もなく雨の日も歩く。もちろん健康面でいいと思っているが、一人でいろいろと考える時間にもなり、経営などについていいアイデアが浮かぶこともある。(談)

プロフィル

 うめだ・じょうび 都農中、延岡学園高卒。大阪での会社勤めなどを経て帰郷し、遊技場勤務後、自動車学校経営に携わる。「梅田学園」(3校運営)のほか、2校を運営する「宮崎梅田学園」の社長も務める。学校のほか「ホテルきよ武」(宮崎市清武町)もグループ。公職は県野球連盟理事長など。宮崎市清武町在住、1951(昭和26)年10月生まれの60歳。
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