みやビズ

2020年1月26日(日)
キーパーソン

安井社長 松田哲さん

2012/07/09

医療機器メーカー目指す

 1930(昭和5)年に印刷包装資材の製造・販売を目的に創業した安井。経済環境の変化に対応し、印刷、発泡スチロール、射出成形部門と事業の多角化を図っており、中でも医療用射出成形の分野に事業の立ち上げから長年携わってきた。技術屋として培った経験から生まれた「品質に妥協なし。能力は無限である」を座右の銘に、次世代の技術者育成にも力を入れている。

本社工場内にある医療向けラベルを製造するクリーンルーム。松田社長は「医療メーカーになりたいという思いは以前からあった」と話す

本社工場内にある医療向けラベルを製造するクリーンルーム。松田社長は「医療メーカーになりたいという思いは以前からあった」と話す

 52(同27)年、工業都市・延岡市に生まれた。延岡工業高を卒業後、県外の大手自動車メーカーに就職したものの、そりが合わずわずか1年足らずで退職。帰郷後は、「学んできたことが一番手っ取り早い」と電気工事を請け負う会社に再就職したが、オイルショックの影響で仕事は激減した。事業が先細りする中、出会ったのが安井だった。

 同社は新しい会社・工場を造るために技術者を募っており、73(同48)年、20歳で安井に入社した。新たに立ち上げた会社では加工部門を担当して数年が経過した77(同52)年、自身の会社員人生においても大きな転機となる仕事が舞い込む。旭化成から人工腎臓(ダイアライザー)の部品を造らないかという打診があり、会社で新たに射出成形部門の立ち上げるプロジェクトがスタート。各部門から7人の担当者が集められ、その1人に選ばれた。「(黒澤明監督の)『七人の侍』のようだった」と笑いながら、「ここからが苦労の連続だった」。

 新事業となる射出成形は、会社でも指導できる人材がいない。機械や金型、原料となるプラスチックの知識はもちろん、加工する機械を取り扱う技術の習得、ラインの立ち上げもゼロからのスタートで、「寝る間もないほど忙しかった」。しかし、独学で勉強を続け、プロジェクトスタートから約1年後、初めて製品が出荷を迎えた。「(納入先が要求する)スペックをクリアできているかという不安もあったが、納得のいくものができたことに喜びを感じていた。その時からものづくりの楽しさを覚えてきた」と自身の中での技術屋としての大きな変化を表現する。

 わずか7人のメンバーから始まった医療用射出成形事業は、その後も右肩上がりを続けた。取引先には複数の大手医療機器メーカーが名を連ね、安井の技術の高さを物語る。このほか、シリコン製の円形のゴム製品といったさまざまな取引も始まり、射出成形部門には現在、従業員約300人(パートアルバイトを含む)の半数近くが携わるなど、会社の中核事業となっている。

「若い従業員に経験を積ませることが大切」と話す松田社長

「若い従業員に経験を積ませることが大切」と話す松田社長

 技術者として歩んできた30余年を振り返り、「人より秀でたものを一つでもいいから持つこと」を技術者に求められることに挙げる。「新しい技術や考えを具現化し、商売に結びつける。このためには教育と経験をつませることが重要」と強調。社内で希望者を募って、新しい技術や商材を開発するグループを立ち上げるなど、今後の会社を支える若手の育成にも力を入れる。

 会社も、新たなステージに踏み出したばかりだ。2012年3月、本社工場が薬事法に基づく「医療機器製造業許可」を取得。これまでの、医療機器の部品だけでなく完成品の製造も可能になり、組み立て工程で新たな仕事も生まれている。自社で設計から製造まで手掛けた医療機器の部品を今秋にドイツで開かれる医療機器専門の展示会に出展予定で、医療機器メーカーを目指すという最終目標に向け前進を始めている。最近、新たな事業に関する構想を頭の中で練り始めたという。「社員の力、これまで培ってきた顧客や取引先の広がりを活用し、子会社も含めてさまざまな事業を横断する新たな部門をつくりたい」と次のステップを見据えている。

ここが聞きたい

 -「医療機器製造業許可」を取得した。

 三十数年医療機器に携わり、クリーンルームなどの設備も整っている。医療機器メーカーになりたいという思いが以前からあり、商売を大きくするには避けて通れない課題だった。製造業許可の取得で、既に組み立ての仕事も来ている。設計から製造までトータルでコーディネートできる企業を目指したい。

 -東九州自動車道宮崎―大分が2016年度に開通する。

 県北地域として最も危惧しているのが、通過点になってしまうのではないかということだ。県北地域には医療機器産業が集積しており、延岡市は「メディカルタウン構想」を掲げている。県北地域で医療関連の拠点化をさらに進め、医療を核に人が集うまちづくりをすることも一つの手ではないだろうか。

私のオススメ

 半農半漁に取り組んでいる。漁業は延岡、門川漁協の準組合員で船も持っており、最近の釣果は、約2.5メートルのマカジキ。5年ほど前から農業も始めており、約10アールの田んぼで米作りにも励んでいる。これらの取り組みはすべて仕事につながっており、特に(自社の)発泡スチロール事業は農業や漁業と関係が深く、現状が分かることで新たな商品のアイデアが生まれることもある。退職後は趣味にするつもりだ(談)。

プロフィル

 まつた・さとし 延岡市出身。延岡工業高電気科卒業後、大手自動車メーカー勤務などを経て、1973(昭和48)年、安井(門川町)に入社。95年に取締役、2002年に常務取締役を経て、06年から現職。県プラスチック工業会会長、県医療機器産業研究会会長を務める。多忙な業務の傍ら、半農半漁にも取り組む。1952(昭和27)年6月生まれの60歳。

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