みやビズ

2018年5月24日(木)
キーパーソン

旭化成常務執行役員延岡支社長 竹本常夫さん

2018/01/15
20180112-1admin_image_1515746579.jpg 旭化成発祥の地であり、旭化成グループを支える高度な技術と工場が集積する延岡支社を2017年4月から束ねる。

 子どもの頃から理数科目を好み、1974(昭和49)年に京都大工学部の石油化学科に進学。前年の第1次オイルショックで石油の重要性がにわかに注目されたことが影響を与えた。大学院在籍中に第2次オイルショックが起き、「石油を有効に使う技術開発を行う会社に入りたい」と考え、80(同55)年に旭化成工業(現旭化成)に技術職として入社した。

まずは目の前のことに集中


40代半ばで、中国でポリアセタールを生産する大型プロジェクトの総責任者となり、「本当に大変だったが、ビジネス全体を見る力を養わせてもらった」と振り返る竹本常夫支社長

40代半ばで、中国でポリアセタールを生産する大型プロジェクトの総責任者となり、「本当に大変だったが、ビジネス全体を見る力を養わせてもらった」と振り返る竹本常夫支社長

 旭化成発祥の地であり、旭化成グループを支える高度な技術と工場が集積する延岡支社を2017年4月から束ねる。

 子どもの頃から理数科目を好み、1974(昭和49)年に京都大工学部の石油化学科に進学。前年の第1次オイルショックで石油の重要性がにわかに注目されたことが影響を与えた。大学院在籍中に第2次オイルショックが起き、「石油を有効に使う技術開発を行う会社に入りたい」と考え、80(同55)年に旭化成工業(現旭化成)に技術職として入社した。

 同社の技術職には研究系と製造現場系があり、自身は製造現場系。初任地は石油化学事業の拠点である水島地区(岡山県倉敷市)のエチレンセンターだった。ここで10年間、原料のナフサ(粗製ガソリン)からエチレン(化学繊維や合成樹脂などの石油化学製品の基礎原料)をいかに効率良く生産するかなどを研究した。

 異例の35歳で英国バース大の大学院へ留学。研究系の技術職であれば、各自の研究テーマに合致する海外の大学研究室に研究者として入るところだが、具体的な研究テーマを持たない製造現場系だったことが幸いし、学生として入って博士号を取ることができた。

 留学で3年間、製造現場を離れたことで転機が訪れる。帰国後、自動車やOA機器の部品に使われるポリアセタール樹脂の海外生産を検討する部署に異動し、シンガポール工場の製造担当となった。工場建設の準備を着々と進めていたが、アジア通貨危機の影響で計画は中止。進出先が中国に変わり、40代半ばながら総責任者に抜てきされた。デュポン(米国)との合弁による大型プロジェクトだった。

「住んでみないと、延岡の人情、温かさは分からない。本当によくしてもらっている」と話す竹本支社長。「地域との共生」を支社の大きな使命に挙げる

「住んでみないと、延岡の人情、温かさは分からない。本当によくしてもらっている」と話す竹本支社長。「地域との共生」を支社の大きな使命に挙げる

 2001年度に現地へ赴き、4年半にわたり、デュポンとの技術ライセンスに関する交渉、販売スキームの構築、合弁会社の設立、工場の建設や立ち上げなど一切を取り仕切った。旭化成は中国での化学系大型プラントの建設経験がなく、多くが手探り。デュポンや中国当局との交渉も困難を伴ったが、粘り強くプロジェクトを成功へと導いた。

 一連の交渉に参画したことでビジネス全体の流れを知ることができた。普通の技術職では経験できなかったことだ。経営者の立場となった今、「本当に大変だったが、全体を見る力を養わせてもらった」と感謝する。

 プロジェクトの成功要因は上司、部下に恵まれたこと、そして困難に直面しても「まずは目の前のことに集中する。先のことを考えすぎると、気がめいる。苦しいことはそんなに長くは続かないのだから、今を乗り切ることだ」と考え、着実に前進したことだ。「人間万事塞翁(さいおう)が馬。良い時に安住せず、悪い時にもそう落ち込まず、足元を見て歩いていく。その時のベストを尽くすということ」と語る。

 自身の気質について「他から言われた仕事を言われた通りにやるのは嫌いだし、面白くない。言われた仕事でも自分で考え、提案して進めたい性分。その方が絶対に面白い」と話し、部下にも主体的に動き、積極的に提案する姿勢を期待する。

 初めての延岡勤務。以前に何度も仕事で訪れているが、「来るのと、住むのとでは大違い。住んでみないと、この地域の人情、温かさは分からない。本当によくしてもらっているので、個人としても会社としても地域のためにできることをやっていきたい」と、“相思相愛”の関係に幸せを感じている。

(小川祐司)

プロフィル

 たけもと・つねお 京都大大学院を修了し、1980(昭和55)年に入社。旭化成ケミカルズ執行役員水島製造所長、取締役専務執行役員、旭化成常務執行役員石油化学事業本部長などを経て2017年4月から現職。趣味のゴルフは月3回ほど。自宅は岡山県倉敷市。社会人と大学院生の1男1女は文系。「お父さんの理系科目の教え方が悪かったのか」と反省している。京都市出身。1955(同30)年10月生まれの62歳。

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