みやビズ

2018年4月22日(日)
キーパーソン

モイスティーヌ ルーチェ(東京)社長 鹿島和代さん

2017/12/18
 美容機器や基礎化粧品の販売会社「モイスティーヌ ルーチェ」(東京)を立ち上げて19年目。今では高級ブティックや美容専門店などがしのぎを削る東京・銀座のど真ん中に素肌美容サロンを構える。顧客と面談しながらオーダーメードの美容法を薦める「カウンセリングセールス」が人気の秘密。周りにライバルは多いが、「おかげさまで業績は右肩上がり」と成長を続けている。

失業をバネに起業し、銀座で飛躍


鹿島社長が自ら行うカウンセリングセールス。顧客の肌のデータを蓄積し、それぞれに合った美容法を薦める

鹿島社長が自ら行うカウンセリングセールス。顧客の肌のデータを蓄積し、それぞれに合った美容法を薦める

 美容機器や基礎化粧品の販売会社「モイスティーヌ ルーチェ」(東京)を立ち上げて19年目。今では高級ブティックや美容専門店などがしのぎを削る東京・銀座のど真ん中に素肌美容サロンを構える。顧客と面談しながらオーダーメードの美容法を薦める「カウンセリングセールス」が人気の秘密。周りにライバルは多いが、「おかげさまで業績は右肩上がり」と成長を続けている。

 宮崎市佐土原町出身。宮崎北高から熊本女子大(現熊本県立大)に進学し、国内の山を訪ね歩くワンダーフォーゲル部と出合った。北岳、白馬岳、槍ヶ岳などの山頂を目指す「山ガール」。米国オレゴン州の大学へも留学した。「好きな仕事をしていいよ」という親の言葉通り、卒業後の1992年に海外登山を扱う東京の旅行会社へ就職。エベレスト、マッターホルンといった世界の名峰で登山ガイドをする夢への一歩を踏み出した。

 ところが入社1年目で会社が倒産。今でこそ「バブル経済崩壊の影響だろう」と振り返るが、当時は「ものすごくショックだった」。夢を諦め、水産物を扱う東京の商社に就職。そこでは入社間もないうちからノルウェーやアイルランド、デンマークなどへの長期出張が待っていた。現地では水産工場に張り付いて、サバやサーモンといった魚を検品し、日本へ送る仕事を担当。業界に女性は少なかったが、「山登りのおかげで胴付き長靴を履いていても平気だった」。ただし失業した経験から「雇用されるのは不安。起業したい」と考え、わずか2年で退職した。

 その後は経営の知識を学ぼうと人材派遣会社に登録。ITや通信系の会社で経営者の秘書を務め知識を蓄えた。「モイスティーヌというブランドの化粧品を扱う事業をやってみないか」。知人から声を掛けられたのは、ちょうどそのころ。美容業界になじみはなかったが、「今がチャンス」と思い切って飛び込んだ。

美容機器や基礎化粧品を販売する「モイスティーヌ ルーチェ」を立ち上げて19年目を迎えた鹿島社長

美容機器や基礎化粧品を販売する「モイスティーヌ ルーチェ」を立ち上げて19年目を迎えた鹿島社長

 モイスティーヌは医療機器メーカー「ホーマーイオン研究所」(東京)が開発・製造している美容機器と基礎化粧品のブランド名。本県をはじめ九州地方で広く知られていたが、東京での知名度はまだ低かった。99年4月、渋谷区にあった研究所のサロンを借りて営業をスタート。事業が軌道に乗り始めたのは3年を過ぎてからで、2011年3月に銀座にサロンを開設。「モイスティーヌの商品を扱う店舗は全国に約500以上あるけれど、ここの坪単価が一番高いでしょうね」と笑う。

 カウンセリングセールスを大切にしているため、インターネット販売や通信販売は行っていない。代わりに顧客と定期的に面談を重ねながら、肌質やコンディション、アレルギーの有無といったデータを蓄積。その上で、顧客ごとに最適な商品を提案している。電子の力で化粧品を皮膚の奥に届けるイオントリートメントと、低周波マッサージも兼ねた美容器はホーマーイオン研究所の特許製品だ。

 商品の卸先を開拓することも大切な仕事。神奈川県横須賀市や徳島市、福岡市などで協力者を見つけては卸売会社として法人化を促し、販路拡大につなげている。今後は「カウンセリングセールスの効果で顧客との信頼関係を築けているので、売り上げが景気に左右されることがほとんどない。大事に育ててきた会社なので、跡を継いでくれる社員を育てたい」と考えている。
(東京支社・戸高大輔)

プロフィル

 かしま・かずよ 旅行会社や商社勤務を経て、1999年4月に「モイスティーヌ ルーチェ」を設立。2006年に法人化した。起業家の育成に力を入れていて、3年前に「ルーチェ会」を発足。不定期に会合を開き、事業計画の作成や発表などを通じて、起業を志す人らを支援している。趣味は登山。年1回は10日程度の休みをとり、海外の山に登るのが一番の楽しみ。1968(昭和43)年生まれの49歳。

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