みやビズ

2018年7月21日(土)
キーパーソン

スパークジャパン(宮崎市)社長 岡田憲明さん

2017/11/27
 宮崎大工学部在学中の19歳のとき、車検代行業を始めたことが起業家としての出発点だ。中古車販売、ショットバー、イベント企画会社の経営を経て、23歳でスパークジャパンを設立。

19歳で起業した異色の存在


近年はITの技術やノウハウを生かし、取引先企業の生産性向上、顧客管理、マーケティングを柱に業績を順調に伸ばす。夢は「宮崎を日本のシリコンバレーにすること」

近年はITの技術やノウハウを生かし、取引先企業の生産性向上、顧客管理、マーケティングを柱に業績を順調に伸ばす。夢は「宮崎を日本のシリコンバレーにすること」

 宮崎大工学部在学中の19歳のとき、車検代行業を始めたことが起業家としての出発点だ。中古車販売、ショットバー、イベント企画会社の経営を経て、23歳でスパークジャパンを設立。インターネットの黎明(れいめい)期を乗り越え、今や取引先が1000社を超える本県を代表するIT企業に成長させた手腕の持ち主だ。

 最初の起業のきっかけは、「自分で宮崎運輸支局に車を持って行って車検を受けたら格安で済んだ」ことだった。教えてくれたのは当時のアルバイト先だったガソリンスタンドの先輩だった。ディーラーや専門業者に頼むと10万円以上請求される車検費用が5万9千円となったことに、「こんなに安くで済むのか」と衝撃を覚えた。同時に、「車検代行で商売ができる」と思い付いた。

 友人に教えると、すぐに何人かが車検代行を依頼してきた。何台かこなすうちに友人の家族にも頼まれ“顧客”は次第に広がった。さらに、学生駐車場で車検が近い車をチェックして、営業をかけて回った。手数料は1台2万円前後。何台も車検を通すうちに同支局で「業者登録してくれ」と言われたため、「オカダオート」と登録した。これが最初の会社となった。

 次に手掛けたのは中古車販売業。21歳だった。古物商の許可を取り、公安委員会に申請し、宮崎市内に展示場も設置した。しかし、肝心の中古車がなかった。近くの中古車販売店を20軒ほど回ったが、いずれも商売敵と見られ相手にされなかった。そして、ようやく「委託販売させてくれる」という販売会社の若い社長が助けてくれた。

 学生でありながら、車検代行業と中古車販売業を掛け持ち、羽振りも良かった。夜はダンスパーティーを企画して盛り上がり、大忙しの毎日だった。これに飽きたらず、ショットバーの経営にも乗り出した。「相手が喜ぶことをやれば、対価としてお金をかせげる」。そう確信した時期だった。「今となれば何をやっても生きていけるという変な自信があった」と笑う。

「取引先企業の力を高めることが地方創生につながる。地域内循環から脱却し、県外から“外貨”を獲得して県内経済を成長させたい」と語る岡田社長

「取引先企業の力を高めることが地方創生につながる。地域内循環から脱却し、県外から“外貨”を獲得して県内経済を成長させたい」と語る岡田社長

 そんな生活も長く続かなかった。トラブルに見舞われショットバーは1年半で閉店した。その後、先物取引にも手を出した。金、プラチナ、そしてゴムからトウモロコシへとエスカレートした。気付いたときには、資金のほとんどを溶かしてしまった。

 「喜ぶ顔を見るとうれしいと言っておきながら、結局は金だけを見ていたんだ」と自信まで失った。親から借金もした。展示していた中古車も二束三文で売り払い、オカダオートもたたんだ。

 父は市内でメガネ店を経営していた。「もともと家計は裕福ではなかった。だからお金への執着が人一倍強かったのかもしれない」と振り返る。だが、盆正月以外は休まずにずっと店に立ち続ける父の姿が目に焼き付いている。「大人は自分の店を持ち、休まず働き続けるものだと思っていた」。これが起業家となったことや今の企業経営の根源となっている。

 スパークジャパンは1997年に個人事業として創業した。23歳で在学中だった。インターネットの魅力に取りつかれ、専門誌を読みあさり、再起をかけた。しかし、インターネットやその有用性が浸透していないという県内では、「年齢や実績も問われ、どこに行っても相手にされなかった」。
 
 何度も心が折れそうになったが、それでも続ける気持ちになれたのは、千葉市の幕張メッセで開催された展示会に行ったからだった。「人があふれていた。都市部にはネットへの期待感が満ちていて、自分がやっていることへの自信を取り戻した。そして宮崎で第一人者になるという覚悟を持てた」

 97年に法人化し、宮崎市吉村町に本社となる事務所を開いた。すぐに県測量協会や企業のホームページ制作を受注し、病院や市町村のホームページの制作依頼も入るようになると、経営は軌道に乗り始めた。近年はITの技術やノウハウを生かし、取引先企業の生産性向上、顧客管理、マーケティングを柱に業績を順調に伸ばす。

 さらに、日本青年会議所2014年度副会頭を務めたことで、全国に人脈ができ、情報感度も上がった。現在は取引先となる県内企業の成長を手助けすることが大きな喜びだ。「取引先企業の力を高めることが地方創生につながる。地域内循環から脱却し、県外から“外貨”を獲得して県内経済を成長させたい」と次のステージを目指す。

プロフィル

 おかだ・のりあき 宮崎市出身。宮崎大宮高卒。夢は「宮崎を日本のシリコンバレーにすること」。トライアスロン、マラソンが趣味。妻、小学生の子どもが2人と愛犬。1974(昭和49)年1月生まれ。

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