みやビズ

2018年7月20日(金)
キーパーソン

高嶺木材(日南市)社長 高嶺清二さん

2017/11/13
20171110-1admin-image-1510304651.jpg 「難しいとワクワクする。挑戦することが生きがい」。19歳で家業を実質的に継いで半世紀。景気の波や市場の変化に対応しながら、高品質な飫肥杉の壁材や床材を生産する県内有数のメーカーに成長。手掛けた高付加価値製品は人気観光特急列車やシネコン(複合映画館)の内装などに使われている。今年9月には県などが認定する「成長期待企業」に選ばれ、地域経済のけん引役として売り上げ増や雇用拡大を目指すことに。「先代らが植えた木々の価値を高め、より高値で大事に売っていきたい」と意気込む。

挑戦することが生きがい


「先代らが植えた木々の価値を高め、より高値で大事に売っていきたい」と語る高嶺清二社長

「先代らが植えた木々の価値を高め、より高値で大事に売っていきたい」と語る高嶺清二社長

 「難しいとワクワクする。挑戦することが生きがい」。19歳で家業を実質的に継いで半世紀。景気の波や市場の変化に対応しながら、高品質な飫肥杉の壁材や床材を生産する県内有数のメーカーに成長。手掛けた高付加価値製品は人気観光特急列車やシネコン(複合映画館)の内装などに使われている。今年9月には県などが認定する「成長期待企業」に選ばれ、地域経済のけん引役として売り上げ増や雇用拡大を目指すことに。「先代らが植えた木々の価値を高め、より高値で大事に売っていきたい」と意気込む。

 1948(昭和23)年、3人きょうだいの長男として生まれた。物心がついたころには創業者である父の跡を継ぐつもりだった。ところが東京の大学へ進学する直前の67(同42)年3月、実家の工場が火事で全焼。父はショックでドライブインなどへの業種転換を考えたが、「それなら跡は継がない」と反対した。一人息子の決意に父は製材所を再開。しかし、約1年後の5月に急死してしまう。

 社長となった母を支えるため、大学を中退して帰郷。最初は苦労の連続だった。未成年で社会的な信用はゼロ。後継者とはいえ企業で働いた経験もない。資金繰りを金融機関に相談しても相手にされず、父が残してくれた山林を早々に売却した。山に入って伐採作業を手伝い、トラックの運転免許を取って木材を運ぶなど懸命に働いても、上半期に黒字だった決算が下半期は赤字に転落。工場を見渡せば職人は年上のベテランばかり。生産量を増やすために日産目標を示すと「何も知らん素人が」と突き放された。

県木材協同組合連合会の会長でもある高嶺清二社長。「国内で価格競争していたら小規模な会社は淘汰(とうた)される」として、今後は木材輸出に力を入れる考え

県木材協同組合連合会の会長でもある高嶺清二社長。「国内で価格競争していたら小規模な会社は淘汰(とうた)される」として、今後は木材輸出に力を入れる考え

 それでもくじけなかった。「まずは自分が『俺について来い』と言える人間になる」と生来の負けん気を発揮。職人たちが退社した後、工場で「木取り」と呼ばれる製材作業を毎晩練習。機械操作の腕を磨いた。その熱意に職人たちも軟化。「若社長に負けられん」と前向きに働くようになり、数年後に赤字を脱出した。

 85年1月、社長に就任。この頃になると会社の経営も安定した。94年には3億5千万円を投じて製材工場を新設。主に手掛けていた柱や鴨居(かもい)などに使われる、見栄えのいい化粧材の生産量を増やした。住宅市場で和風より洋風が主流になると、2001年に日南市内の同業者と「サファリウッド協同組合」を設立。壁材や床材の生産に力を入れた。05年には同様に「飫肥の国プレカット協同組合」を立ち上げ、建築現場でそのまま組み立てられる建材を生産。建売住宅の多い関東・関西など都市部へ売り込んだ。

 JR九州の観光特急「海幸山幸」の内装に採用された、準不燃羽目板の生産に着手したのは04年ごろ。景気の低迷などによる住宅着工件数の減少を受け、公共施設や病院などで使ってもらえる新商品の開発に挑戦した結果だった。また飫肥杉の表面圧縮フローリング材を開発。杉の特性である軟らかさを生かしつつ、表面を高温圧縮する高度な技術でヒノキ以上の硬さを実現し、傷つきにくい床材を生み出した。

 現在は大手住宅メーカーや県内、鹿児島、沖縄の現場に建築用材を提供。18年には高原町に新たな製材工場と乾燥施設を新設する予定だ。日南製材事業協同組合を通じて韓国にも輸出。「国内で価格競争をしていたら小規模な会社は淘汰(とうた)される。それは避けたい」として、今後は輸出に力を注ぐ考え。9月には台湾を訪問し、現地のゼネコンへ県産材をアピールした。

 生まれ育ち、本社を構える日南市伊比井地区は、西を飫肥杉の山に囲まれ、東に日向灘が広がる。「山がきれいだと海も美しい。古里の自然を守りつつ、業容を拡大していくことで地域に貢献し続けたい」と語った。
             
(久保野剛)

プロフィル

 たかみね・せいじ 1968(昭和43)年、高嶺製材所入社。85(同60)年から現職。日南製材事業協同組合、サファリウッド協同組合、飫肥の国プレカット協同組合の各理事長を務める。今年から県木材協同組合連合会の会長。趣味は釣り。日南高-大東文化大学経営学科中退。1948(昭和23)年9月生まれの69歳。日南市出身。

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