みやビズ

2018年5月22日(火)
キーパーソン

Funkit(東京)社長 吉村勇作さん

2017/09/11
 独学でコンピュータープログラミングを学び、2012年12月にFunkit(東京)を設立。医療福祉分野のシステム開発やソーシャルゲームの企画開発など、IT全般のさまざまな仕事を手掛けて業績を伸ばし、年商5億円を視野に入れるところまで成長させた。仕事量の増加や古里宮崎への思いもあり、15年6月に宮崎支店を開設。「事業を発展させ、宮崎で働く社員の収入を増やすことで地域に貢献したい」と語る。

事業発展させ、故郷に貢献


Funkitの手掛ける業務は医療・福祉分野のシステム開発、ソーシャルゲームの企画・開発など多岐にわたる

Funkitの手掛ける業務は医療・福祉分野のシステム開発、ソーシャルゲームの企画・開発など多岐にわたる

 独学でコンピュータープログラミングを学び、2012年12月にFunkit(東京)を設立。医療福祉分野のシステム開発やソーシャルゲームの企画開発など、IT全般のさまざまな仕事を手掛けて業績を伸ばし、年商5億円を視野に入れるところまで成長させた。仕事量の増加や古里宮崎への思いもあり、15年6月に宮崎支店を開設。「事業を発展させ、宮崎で働く社員の収入を増やすことで地域に貢献したい」と語る。

 幼少期は父親の転勤に合わせて九州各地で暮らし、中学と高校は宮崎市の日向学院で学んだ。バンド活動をしていたこともあり、高校卒業後は上京してゲーム音楽の制作会社に就職。パソコンによる音楽制作が普及し始めたころで、プログラマーと打ち合わせすることが多かった。そうした環境に身を置くうちにプログラミングの世界に興味が湧き、25歳でIT企業のテンダ(東京)へ入社した。

 プログラミングに関する特段の教育は受けていなかったが、当時流行していた携帯電話の着信メロディー配信サイトを開設するなど、仕事を通じて徐々にノウハウを習得。やりがいを感じていたが、次第に「自己資本、自己責任で仕事をしたい」と思うようになり独立を決心した。

 Funkitが扱う業務は多岐にわたる。診療ガイドライン閲覧サービス「Minds」は、日本医療機能評価機構(東京)から依頼を受けて開発。がん、感染症、メンタルヘルス、アレルギーなどの症例に対し、各学会から取り寄せるなどした300以上の診療ガイドラインを紹介している。医療従事者だけでなく一般市民も利用可能で、このシステムは宮崎支店で作り上げた。

「ゆくゆくは年商10億円を達成したい」と将来を見据える吉村勇作社長

「ゆくゆくは年商10億円を達成したい」と将来を見据える吉村勇作社長

 同じ医療分野では、シンクライアントソフト「Go-Global」も代表的なサービスの一つ。医師がパソコンや携帯端末を使い、自宅にいながら病院のシステムを安全に扱えるもので、熊本大医学部付属病院で導入されている。

 小説投稿サイトも好評。一般の人が書いた小説をパソコンやスマートフォンで読めるもので、サイトのデザインやプログラム、サーバー構築まで一環して手掛ける。ソーシャルゲームの企画開発にも力を入れており、ブラウザー向けカードゲーム「軍神召還アークナイツ」は、mixiゲームの中でランキング1位(男性向け)を獲得した。

 早ければ年内の事業化を目指しているのが「介護・福祉タクシー移動プランWeb予約サービス」。介護福祉タクシーを呼ぶには電話帳で業者を探す方法が一般的。ただ業者によって価格やサービス内容はまちまち。そこで利用者がウェブ上で業者を検索、利用予約できる仕組みを考えた。日本福祉医療輸送機構(東京)や東京バリアフリーツアーセンター(同)などの関係機関と連携して取り組む。今年6月には関東経済産業局から「新連携計画(異分野連携新事業分野開拓計画)」に認定された。これにより政府系金融機関の融資や信用保証協会の特例資格を得ることができた。

 ITを活用した保育園を宮崎県内でオープンさせる計画も進めている。常にさまざまな事業を考案中で、営業活動にも走り回る。「今は従業員35人だが、将来は100人くらいの規模に育て、年商10億円を達成したい」と見据えている。
(東京支社・戸高大輔)

ここが聞きたい

 -宮崎で過ごした子ども時代の思い出は。

 学生時代は、自身がボーカルを務めるバンド活動に精を出していた。生徒会長もやっていて、学校生活を満喫していた。宮崎は空が広いし、自然も豊かで、県が銘打った「日本のひなた」というキャッチフレーズがよく似合う。仕事などで毎月訪れているが、将来は移り住みたいと思っている。

 -宮崎支店を開設した狙いは。

 ITは結局「人」。場所に制限されず、東京にいなくても仕事はできる。宮崎支店では、主に東京で作った設計図に基づく制作作業を行っている。中国企業との競争があり大変だが頑張ってもらい、システムエンジニアの年収を東京と同水準の600万円にしたい。宮崎は年収が低いといわれているので、これが私流の地域貢献。できれば「1000万円プレーヤー」も育てたい。

プロフィル

 よしむら・ゆうさく 日向学院高卒。1998年に設立間もないIT企業のテンダ(東京)へ入社。2003年に同社の取締役、05年に常務、07年に専務に就任した。12年にFunkitを設立。趣味はゴルフ、音楽鑑賞など。44歳。

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