みやビズ

2018年5月22日(火)
キーパーソン

ミツイシ(日向市)社長 黒木宏二さん

2017/09/04
改革に挑む若き5代目 日向市で蛤(はまぐり)碁石の製造販売を手掛ける「黒木碁石店」と、ドライブイン・レストラン「はまぐり碁石の里」を経営する。黒木碁石店が創業100周年を迎えた今年4月、専務から社長に就任。

改革に挑む若き5代目


新たなご当地グルメとして開発した「碁縁釜めし」。黒木社長は新たな収益と集客ツールとして期待を寄せる

新たなご当地グルメとして開発した「碁縁釜めし」。黒木社長は新たな収益と集客ツールとして期待を寄せる

 日向市で蛤(はまぐり)碁石の製造販売を手掛ける「黒木碁石店」と、ドライブイン・レストラン「はまぐり碁石の里」を経営する。黒木碁石店が創業100周年を迎えた今年4月、専務から社長に就任。碁石輸出の海外取引先や価格を大幅に見直し、ハマグリを使ったご当地グルメを開発するなど、社業発展へ精力的に取り組む若手経営者だ。

 元社長の父宏高さんの次男に生まれた。「商売をする家に生まれたから、独立心はあった。しかし、家業を継ぐよりも飲食店経営やチェーン展開などに興味があった」と振り返る。大学卒業後は、海産物輸入やめんたいこなどの食品加工を行う水産業の総合商社ニチモウ(東京)へ入社。ロシアの漁船に乗り込み、輸入するニシンの検品や漁獲動向の調査を担当した。

 年間4カ月は海外出張という生活を8年間送った。しかし、結婚し、家族を持ったのを機に退社。2011年から大手回転ずしチェーンの運営会社に再就職し、皿やおしぼりなどの資材を調達するバイヤーとして働いた。

 破竹の勢いで店舗網を広げていた同社。徹底した原価計算と効率化を求められる中で、「いかに道具を工夫してコスト削減につなげるかを考える場となった」。例えば資材1点を更新するだけで数千万円の調達費用がかかった。しかし、それ以上のコスト削減効果を生み出せることが醍醐味(だいごみ)だった。

 自身が手掛けたのは、ラーメンや汁物に使われるお椀(わん)の改良だった。客が食べ終えたお椀の底には、半分近いスープが飲まれずに残っているのが当たり前となっていた。そこで「注ぐスープの量を減らせば、大幅なコスト削減ができる」と目を付けた。

はまぐり碁石の里に展示されている最高級の蛤碁石や日向榧(かや)の碁盤。黒木社長は「伝統文化を守ることも使命」と語る。

はまぐり碁石の里に展示されている最高級の蛤碁石や日向榧(かや)の碁盤。黒木社長は「伝統文化を守ることも使命」と語る。

 見た目は変えず、底を厚くすることでスープの量を減らせるお椀を試作。厨房(ちゅうぼう)での作業を軽減するためレードル(おたま)もサイズダウンし、実店舗での実証実験を始めた。すると客からの苦情はなく、大幅にスープの使用量を減らせた。

 全店舗に導入されたが、数カ月たった冬の日に「スープが冷めている」とのクレームが、複数の店舗から出始めた。厨房の室温が下がる冬場になると、お椀が冷えることが原因だった。これに加えて量を減らしたスープは冷めやすくなることも追い打ちとなった。実証実験が夏だったことも見逃しを生んだ要因だった。全店舗に食器乾燥機を導入し、お椀を常時温めておくという対策を打つことで解決した。こうした経験から「知恵の絞り方やアイデアの仕組みについて学んだ」と話す。

 仕事も順調だった14年2月、突然の訃報が届いた。4代目社長だった兄健心さんが急死したという知らせだった。当時、碁石販売やドライブイン事業が低迷する中、健心さんは経営立て直しのため、ドレッシングなどの調味料販売に力を入れ、これらが軌道に乗り始めた直後のことだった。会長に引いていた父宏高さんが社長に戻り、自身は会社を辞めてUターンし、専務に就任した。

 食品加工事業を引き継ぐと同時に、国内価格が低迷していた碁石の価格を大きく引き上げた。業界内から強い反発があったが、「職人さんたちの給料を上げ、魅力ある仕事にしなければ、伝統文化が継承されなくなる危機感があったからだ」と意義を語る。

7月から販売されている碁縁釜めし。ハマグリの出汁(だし)と一緒に炊き込んだご飯がたっぷり詰まっている。

7月から販売されている碁縁釜めし。ハマグリの出汁(だし)と一緒に炊き込んだご飯がたっぷり詰まっている。

 輸出が7割を占める碁石の販売方法についても大きく見直した。取引の多い中国では、不良品を良品として偽って高値で販売したり、不当に安売りしたりする状況もあり、蛤碁石に対する信用が失墜していたという。これを改善するため、取引先を3社に絞り込み、碁石の価値を下げたり、不当な価格で販売したりしないよう特約契約を結んだ。

 食品関連事業では、今年7月に「碁縁(ごえん)釜めし」の販売を開始。白と黒色の陶器の釜に、ハマグリの炊き込みご飯を詰め、碁石に見立てたウズラの卵とシイタケの煮物を載せた。そこにハマグリのつくだ煮や鶏の炭火焼きなどを盛り付けるなど、地元のカラーを前面に打ち出した。はまぐり碁石の里のレストランで提供するほか、日向市内の道の駅でも販売する。食材の調達ルートや方法にもバイヤー時代の経験を生かした。

 社長就任からまだ5カ月だが「ご当地グルメとして認識されれば、観光客をもてなすツールにもなる。日向を目的地とした観光客が来るような仕掛けを続けたい」と抱負を口にする。
(巣山貴行)

ここが聞きたい

 -蛤碁石の製造、販売はどのような状況にあるのか。

 国内の碁石製造は日向市内の3社だけで、本格的に稼働しているのは当社のみとなった。技術者の確保や育成も厳しい状況になっている。囲碁愛好者の減少により、国内販売価格が低迷しているからだ。適正な価格で販売することによって、技術者の給与や待遇に還元させなければいけない。自分たちで価格を下げて価値を下げてきたことは反省しなければいけない。国内の関係者から反発があったが、品質を維持するために価格を上げることは妥当な選択だった。

 -はまぐり碁石の里の経営は。

 1986(昭和61)年に開業し、2000年に現在の形に増築した。経営難から取引先に一時運営権を貸したこともあった。現在は外国人旅行客が増加しており、確実にチャンスはある。ただ、待っているだけでは駄目だ。外に出て売ることを考えた結果、碁縁釜めしの開発にたどり着いた。日向の観光を盛り上げ、売り上げをつくり出していきたい。地域観光が盛り上がらなければ商売が成り立たない。観光振興にも力を尽くしたい。

プロフィル

 くろき・こうじ 日向市出身。日向高-近畿大農学部卒。テニスとギターが趣味。「ほとんど採れなくなった日向産ハマグリの復活がライフワークになりそう」。妻と子ども3人。1977年4月生まれの40歳。

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