みやビズ

2020年1月23日(木)
キーパーソン

八興運輸社長 三輪純司さん

2012/03/05

リスクを恐れず、さらなる発展を

海を背に、細島港に立つ三輪社長。細島の利用促進、発展をライフワークとし、経営に当たる

海を背に、細島港に立つ三輪社長。細島の利用促進、発展をライフワークとし、経営に当たる

 企業理念を掲げることを「うそっぽくて嫌い」と両断し、父親が興した八興運輸も「全く継ぐ気はなかった」と言い放つ。趣味は多く、海外旅行も毎年のように行く、まさに「楽しんでこそ人生」を体現しているような人物だ。しかし、その”自由人的“な言動とは裏腹に、同社3代目としての足跡を追うと、「リスク」を恐れない攻めの経営姿勢を垣間見ることができる。

 八興運輸は、父親の故・靖さんが「地元の細島で身を興したい」と、1953(昭和28)年に設立。当時は4歳で細島港を遊び場に育ち、父親からも「船上での生活の話」を何度となく聞かされてきた。が、「兄が継ぐと思っていたので入社しようと考えたことはなかった」と振り返る。

 宮崎日大高校を卒業後、「動物が好きだった」こともあり、日本大学農獣医学部に進学。しかし、学生運動全盛の時代。入学はしたものの教室は封鎖され、大学に通うこともままならなかったという。

 「ぼんやりと動物関係の仕事もいいなと入った大学だったが、本当の夢なんてなかった。成り行きに任せるのも人生」。こう振り返るように、学生時代はアルバイトや飲み会に明け暮れ、上京と同時に始めたボクシングにのめり込む。バイトは競輪場のガードマンや工場の作業員など、いろんな職業を渡り歩いた。学生運動は1回だけデモ行進に顔を出したものの、「警察に追われ、リーダーが率先して逃げまわる姿」に、「こんなものか」と関心を抱くことはなかったという。

 大学は、「閉鎖され、どうせ行けないなら」と2年に進級してすぐに中退。バイトとボクシングは続けたが、「バイトだけではお金が足りず、食べていけない」。栄養失調になるほど食事に困る生活を強いられ、21歳で帰郷を決意した。

 「永住するつもりはなかった」帰郷だったが、仕事もせずにブラブラと過ごす姿を見かねた父から「何もすることがないなら会社に出てこい」と言われ、八興運輸に入社。父のその一言が、それまでの人生を変える転機となった。

 入社当時は高度経済成長の真っただ中。細島港周辺には10社ほどの海運業者が軒を連ね、宮崎-大阪の荷物が頻繁に行き交った。道路インフラが全国どこも未整備で、海運が流通の中心を占めていた時期でもあり、日本経済の成長がそのまま、会社の成長に直結。核となる「大荷主」こそいなかったものの、営業しなくても、荷物が集まってきた。

「リスクを恐れているだけでは企業の発展はない」と強調する三輪社長

「リスクを恐れているだけでは企業の発展はない」と強調する三輪社長

 しかし、道路インフラ充実とともに陸上輸送が台頭。時代の変化の中で小さな海運業者は淘汰(とうた)の波にさらされ、次々と廃業していった。同社は海運から荷役作業、陸上輸送まで請け負う「一貫輸送」で差別化を図り、厳しい時代を乗り越えてきた。

 倒産こそ免れたものの、売り上げの低迷は続き、取締役総務部長の時代にはリストラも経験。早期退職を募り、30人ほどの人員削減を進める中で、「自分も身を切ろう」と取締役を退任。「平社員」に降格し、「つらすぎる任務」にあたった。

 社長就任は3年前。2代目社長の兄の急逝で、思いがけずトップに就いた。子会社の「八興自動車整備」やバス事業を運営する「ハッコートラベル」の社長も兼任。自動車整備では県内の業界で初めて、約1時間の作業時間で車検を終了する「ホリデー車検」のフランチャイジーとして加盟。業界の常識を破る新事業に、同業者からの反発も大きかったが、「これからの時代は時間が重要な要素になる」と押し切った。

 バス事業では、土、日だけ運行していた福岡行きの高速バスをデーリー化。競争が激化するバス業界にあり、平日運行での最低人員の確保が課題となったが、「毎日、便を出したい」という社員の熱意をくんでスタート。デーリー化に踏み切って以降、事業収益は順調に上向いているという。

 現在は貿易事業を手掛ける新会社設立も計画中だ。「貿易事業はどう転ぶか未知数」としながらも、「リスクを恐れるだけでは駄目。企業はリスクを取ってこそ、さらなる発展がある」と力強く語る。

ここが聞きたい

 -細島港の現状をどう捉えているか。

 グローバル経済の中にあり、アジアは既に海外という意識ではなくなってきている。そういった中で細島は重要な役割を担い、細島港があるというのが日向市の持つ最大の特徴。これまでと同様、ライフワークとして細島の利用促進に尽力し、それが地域にとっても会社にとっても利益につながっていく。

 -中国航路の開設なども求められている。

 荷物がないとどうにもならない。大きな企業が1、2社立地してもらえば解決できるが、それも現実には難しい。民間企業も独自の取り組みを進めているが、行政がもっと思い切った施策を展開してもいい。予算が限られる中で、均衡ある発展は難しく、油津、宮崎港もあるが、現状を考えれば、まずは細島港から予算を集中させるべきだと考えている。

私のオススメ

 古典落語が大好き。東京に住んでいたころにもよく寄席には通ったが、先日も新宿の末広亭という寄席に行ってきたばかり。昨年亡くなった立川談志さんが落語について「人間の業を肯定する芸だ」と言っていた。世の中、美しいものばかりではなく、汚さやいやらしさ、ずるさといった側面があり、落語は立川談志さんの言葉通りそういった部分を肯定しながら表現されている。(談)

プロフィル

みわ・じゅんじ 1970(昭和45)年3月、日本大学農獣医学部中退。同年10月、八興運輸入社。2006年、同社副社長に就任し、08年から現職。日向商工会議所副会頭、県防犯協会理事、日本ボーイスカウト宮崎連盟日向地区団委員長、茶道裏千家県北支部顧問。

アクセスランキング

ピックアップ