みやビズ

2018年5月20日(日)
キーパーソン

県商工会連合会長 淵上鉄一さん

2017/02/06

光見いだし、前へ


 「厳しい環境の中で光を見いだし、少しずつでも前に進みたい」。県内35の商工会で組織する連合会のトップ。地域の小規模事業所の経営を支援する商工会は今、少子高齢化による会員の減少と、それに伴う職員数の減少で、このままでは機能を果たせなくなるとの強い危機感を持つ。「社会人になり、人との交流の場を提供してくれたのが商工会。だから恩返しする」。リーダーとしての豊富な経験を生かし、本県経済の下支えに力を注ぐ覚悟だ。

「地域の発展なくして商工業者の繁栄はない。だから地域を守っていく」と語る淵上鉄一会長

「地域の発展なくして商工業者の繁栄はない。だから地域を守っていく」と語る淵上鉄一会長

 高校卒業後の1974(昭和49)年、小林市野尻町にある実家の建設会社「淵上組」に入社。小さいころから手先が器用で、重機オペレーターや測量、現場監督まで何でもこなした。当時は公共工事や民間事業、災害対応など仕事が多く、100人前後の現場作業員を抱えていた。

 しばらくして、父定令さん(87)が会長を務める野尻町商工会の青年部に加入。84年に28歳で部長になった。職場では翌年、土木部長を任された。年上ばかりの作業員たちは「肩書があっても指示を聞いてくれず、つらかった」。それだけに同年代の仲間がそろう青年部活動は楽しかった。

 地元の活性化を図ろうと、84年に「九州釣り大会」、85年には青年団やSAPと一緒に「野尻湖祭り」を始めた。実行委員長として県の「新ひむかづくり運動」の補助金を得るなど開催に奔走。ステージでは得意のドラム演奏を披露して盛り上げた。祭りは今も続き、2016年で32回目を迎えた。

 1991年に県商工会青年部連合会長となり、本県初の九州地区商工会青年部連絡協議会長、全国商工会青年部連合会副会長にも就任。県外の若手商工業者と交流を深めて人脈を広げると、実績を買われて94年には38歳で野尻町観光協会長に抜てきされた。99年に淵上組の社長職を父から承継。野尻町商工会長となる2009年まで、建設業との二足のわらじで地元の観光振興に汗を流した。

「社会人になり、人との交流の場を提供してくれたのが商工会。だから恩返しする」と語る淵上鉄一会長

「社会人になり、人との交流の場を提供してくれたのが商工会。だから恩返しする」と語る淵上鉄一会長

 10年4月には小林、えびの、高原、野尻の旧2市2町の建設業者で組織する小林地区建設業協会長に就いた。直前に都農町で口蹄疫が確認され、総会では「小林管内に入ってきたら防疫に万全の対策をとる」とあいさつ。その翌日、感染の疑いのある牛がえびの市で見つかり、会員らを緊急招集。埋却作業を展開して拡大を抑えた。その3年前から畜産業も手掛けており「絶対に1例で止める覚悟だった」と振り返る。

 野尻町はこの年の3月、小林市と合併。それまで身近な存在だった町役場が小林市役所の支所となり、旧町の各種調達先が町内から小林市内の業者へ移った。大きな取引先を失い、困窮する会員企業に代わって行政と交渉。商工会が書類手続きなどを代行することで、文具や印刷などの調達を復活させた。「合併すると、こういう問題は必ず出てくる。市長が小規模事業者保護に理解があり、ありがたかった」

 野尻町商工会長、小林地区建設業協会長、と県建設業協会常務理事を務めていた15年6月、県商工会連合会長に選出された。その秋に検査で早期の胃がんが見つかった。年明けに手術して、無事に成功。ただ、身近な人からは「忙しすぎる。商工会は辞められないが、建設業協会はもういいのでは」と諭された。続投要請もあったが事情を説明。16年4月で3期6年務めた小林地区建設業協会長の職を下りた。

 県内では同じころ、延岡市の北浦、北川、北方商工会が合併して「延岡市三北商工会」に、美郷町では西郷、南郷、北郷商工会が合併し「美郷町商工会」になった。人口減や不景気で会員が減り、各団体の財政が厳しさを増す中、合併で人員を効率的に配置し、会員サービスの向上を図るためだ。

 しかし、行政合併を経験した身として、商工会の合併には「地域の現状や特性をみて判断すべき。合併でコミュニティーが疲弊しては意味がない」と慎重だ。「商工会の会員は、従業員が2、3人の小さな会社ばかり。でもそれが地域を支えている。買い物難民の問題がよい例。商工会職員らが事業所を回ることで、高齢者の見守りにもなる」とした上で、「地域の発展なくして商工業者の繁栄はない。だから地域を守っていく。それがわれわれの生きる道という原点に戻って行動していく」と口元を引き締めた。
(久保野剛)

ここが聞きたい

 -2016年4月に合併した二つの商工会の現状は。

 スタートして、まだ第1コーナーも回っていないという認識だ。それぞれ長い歴史や伝統、地域性がある。先輩たちが築き上げてきたものを変えるのは難しい。1996年にえびの市の飯野、加久藤、真幸商工会が合併して「えびの市商工会」をスタートさせた。三者が一体となって地域の再生に取り組むようになるまで時間を要した。まずは各団体の役員がしっかりすることだ。

 -和牛の繁殖事業も手掛けている。

 2007年9月から。約80頭の母牛がいて、休みの日に牛舎へ行くと子牛が寄ってきて本当にかわいい。牛舎を掃除し、餌を与え、体を手入れすると、こちらの心が洗われる。頑張った分だけ、競りで高値も付く。収益は本業をカバーするほどではないが、生産者と知り合うことで牛舎の建設などの仕事が増えた。柵の高さや枠の形などアドバイスもできて、建設とアグリビジネスのマッチングが結果的に生まれている。

プロフィル

 ふちがみ・てついち 1956(昭和31)年2月、野尻町生まれ。宮崎実業高(現日章学園高)卒。県商工会連合会副会長などを経て15年6月から現職。趣味はゴルフ、釣り、ドラム演奏、アマチュア無線、ラジコンヘリなど多彩。49歳でヘリコプターの操縦免許も取得した。モットーは「時を守り 場を清め 礼をただす」。

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