みやビズ

2020年2月25日(火)
キーパーソン

常盤産業社長 小田原義征さん

2012/02/20

地に足をつけ長く付き合える事業を

大宮小学校前にある本社の玄関で。「両親のために」と20代で初めて建築した貸家はすぐそばにある

大宮小学校前にある本社の玄関で。「両親のために」と20代で初めて建築した貸家はすぐそばにある

 会社のマスコットは愛くるしいカメ。社長室にも国内外で買い求めた大小さまざまな素材のカメの置物が目に付く。「じたばたすることなく、地に足をつけてゆっくりと着実に歩んでいく姿」が、理想とする不動産業のあり方と重なるのだという。20代で起業した常盤産業が2010年、設立から40年を迎えた。「あっという間だった」とその年月を振り返る口調や表情は穏やかそのものだが、未知の世界に飛び込み、めまぐるしく変化する社会で会社を軌道に乗せてきた決断力や行動力が、人並みはずれたものであることは言うまでもない。

 宮崎市出身。3人兄弟の長男で、両親を支え家を継ぐという意識が強く、農家を営む実家の経済状況も考え大学への進学を断念。中学卒業後は宮崎大淀高(現宮崎工業高)に進学した。時代は高度経済成長期の真っただ中。いわゆる”金の卵”として同級生が県外の大企業へ就職する中、自身は地元・宮崎ガスに入社した。技術者として勤務する中で、「やはり大学に行きたい」との気持ちが募り日向学院短期大の夜間部に入学。学業とともに、危険物取扱主任やボイラー取扱作業主任者の資格を取得するなど意欲的に働く一方で、賃金や出世の面でサラリーマンの限界を感じるようになり、4年半ほど勤めた後に退社を決意した。

 在社中に知人のガソリンスタンド経営に携わった経緯などもあり、退社後はスタンド経営に本格的に乗り出すつもりだったという。それに前後して「両親を経済的に支える一助になれば」との思いから50万円の資金を借り入れ貸家を建設し、これが後に展開する事業の第一歩となった。

 22歳で退社後、スタンド用の土地を取得したものの、建物設計上のトラブルなどで計画が頓挫。取得した土地の扱いに困り果てた末に頼った先が、当時の県宅地取引業協会の会長だった。「会長の事務所で働かせてほしいと頼んだら、いらないと突っぱねられた。ならば無給でもいいからと頼み込んで入れてもらった」と笑う。熱意を買われ会長が経営する事務所で約半年間、さらにその後、会計事務所にも所属して約3年間、不動産の基本や税制などを学んだ。そして26歳の時、満を持して起こしたのが常盤産業だった。

 会社設立後は、故田中角栄元首相が唱えた「日本列島改造論」を背景に不動産バブルの波に乗り、在京の大手企業の出先としての役割を引き受け、県内の土地を取得。霧島の別荘分譲から一般住宅、分譲マンションの建設へと少しずつ業務を拡大していった。「最初の5年間は、振り返る暇もないほど忙しかった。今のように週休2日なんて考えられない。大事なことはあきらめずに何事もやり抜かなきゃいけない。それができなければ生き残れなかった」と打ち明ける。

「自分にできる範囲でいろいろなことを手伝いたい」と語る小田原社長。若手音楽家の育成支援なども行っている

「自分にできる範囲でいろいろなことを手伝いたい」と語る小田原社長。若手音楽家の育成支援なども行っている

 仕事に打ち込む日々の一方で、忘れないよう心掛けていたのが「自分への投資」。どんなに忙しくても月一度は必ず東京に行き人脈を広げ、流行や街の雰囲気など時代の風を感じるようにしていたという。

 順風満帆に思える会社運営だが40年の間には、新規事業に参入した結果、信じていた人の裏切りを受け痛い目を見たこともあった。「今振り返ってみると、ただただ自分に知恵がなかっただけ。世の中、自身で経験してみて初めて分かることがたくさん。いい勉強になった」とほほ笑む。これらの経験から(1)必ず自活する(2)人の力に頼らず独力でつくり上げる(3)人のことはあまり深く入らず一度考えてみる-という教訓を得たのだという。

 資本金50万円で始まった事業も、現在は宅地造成やマンション管理などの宅地建物取引業を中心に建設業や保険代理店など多岐に及び、カメのキャラクターが描かれた同社の立て看板を街中で目にする機会も多い。「土地を有効活用すること、生かすことが不動産業の本分」と語る小田原社長。築数百年の歴史的な建物が街の風景になじんでいるヨーロッパの街並みを例に挙げ、「歩いて楽しくなるような街を、宮崎でもつくっていけたら」と構想している。

ここが聞きたい

-業界の現状は

 20年来続くデフレで、不動産価格も下落し非常に厳しい状況だ。宮崎市の中心市街地ではピーク時に比べると10分の1、住宅地でも3分の1ほどになっているところもあり、これに合わせるように業者数も減少している。また、個人情報保護法や暴力団対策法など各種法整備により、手続きや審査の煩雑化や広告表示の厳格化など取り巻く状況も急激に変化している。

-海外に多く行っている。お薦めの旅行地は

 これまでに世界50カ国を回っている。アメリカだったら政治の中枢ワシントン、金融の街ニューヨーク。さらにジャズの街ニューオーリンズなど、どこも見どころがたくさん。若いころには東南アジアにもよく行った。何といっても、百聞は一見にしかず。行ってみないと分からない魅力がたくさんある。

私のオススメ

 「酒」と「旅」と「読書」が好き。酒は主に日本酒で、多いときには一度に1升を飲んでしまうことも。辛口が好きだ。読書は、渡部昇一氏の著書などを中心に読んでいる(談)

プロフィル

 おだわら・よしゆき 1944(昭和19)年、宮崎市生まれ。宮崎大淀高校(現在の宮崎工業)機械科を卒業後、63年に宮崎ガス入社。勤務のかたわら、日向学院短大の夜間部に通い68年に卒業。70年に常盤産業を設立する。現在、同社ほか常盤住宅サービスの社長も務める。全日本不動産協会宮崎県本部長などの公職も多数。

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