みやビズ

2018年4月23日(月)
キーパーソン

MOMIKI(宮崎市佐土原町)社長 籾木真一郎さん

2016/12/19

反省生かし人材育成


 熟成・発酵させたニンニクなど健康食品を製造販売する「MOMIKI」(宮崎市佐土原町)のトップ。食品産業に参入してまだ10年にも満たないが、海外の商談会へ積極参加するなど業容拡大に奔走している。また、リストラなどを行った過去の反省から、経営資源としての人材育成にも力を入れている。

MOMIKI本社の直売所では「くろまる」のほかドレッシングやラー油、アイスクリームなど関連商品がずらり。籾木真一郎社長は「多くの人に黒ニンニクの良さを知ってほしい」。

MOMIKI本社の直売所では「くろまる」のほかドレッシングやラー油、アイスクリームなど関連商品がずらり。籾木真一郎社長は「多くの人に黒ニンニクの良さを知ってほしい」。

 福岡県内の専門学校を卒業後、木工用刃物の研磨が本業だった実家の「籾木工業」に入社した。当時は大手電機メーカーの下請けとして電子部品も製造していた。幼い頃からかわいがってくれた古参社員と一緒に働くことになったが「自分のことを棚に上げて、従業員がミスをすると年上でも関係なく怒っていた」。そんな“若社長”に憤り、会社を辞める者が少なくなかった。

 2001年には携帯電話関連の電子部品需要が高まり、工場を拡張。雇用も増やした。しかし半年後、取引先の在庫過剰が原因で受注が激減。従業員約100人を解雇した。自身の態度や会社の都合で仕事を失った従業員が多かっただけに「恨まれていると思い、街を歩きづらかった」。
 
 28歳のとき、県中小企業家同友会に入会。参加したセミナーで「社員は仕事上のパートナー」「経営がうまくいかないのは経営者の責任」と学び、外部環境を業績悪化の言い訳にしてきたわが身を恥じた。「地域に根差す企業になるには今のままでは駄目だ」と経営者としての考え方を改めた。

 電子部品に加え、本業の刃物研磨も受注が右肩下がりとなる中、雇用を守るために新たな収益源の確保を急いだ。父親で社長の芳治さんが目を付けたのが健康食品ブーム。工場の空きスペースを活用して07年に食品事業部を設立。ニンニクを熟成・発酵させて作る黒ニンニクの健康食品「くろまる」の製造を始めた。

社員から契約状況などの報告を受ける籾木真一郎社長。社員と対話を重ね、しっかりと営業方針を共有する

社員から契約状況などの報告を受ける籾木真一郎社長。社員と対話を重ね、しっかりと営業方針を共有する

 食品製造や営業はまったくの素人。熟成技術は宮崎大工学部の協力を得て確立した。黒い見た目や高価な理由を理解してもらうため、県内外の展示会へ積極的に足を運び、消費者やバイヤーにこだわりなどを直接訴えた。また、知名度アップへ黒ニンニクを使ったドレッシングやアイスクリームを開発して商品構成を充実させ、11年には海外展開も始めた。

 食品製造の売り上げが電子部品を上回った14年6月、社長に就任。社名も変えた。黒字化を目指して食品事業を主力に据え、販路拡大に心血を注いだ。しかし、この年は2000万円の赤字を計上して終わる。「売り上げにこだわりすぎて、従業員とものづくりに懸ける思いを共有できていなかった」

 翌年からは事業計画を策定し、経営陣や各事業部門の責任者を集めた会議を定例化。経営指針や財務状況の説明会を年に1度開き、会社の課題や方向性を全従業員で共有できるようにすると、赤字を1000万円以上圧縮できた。

 現在は従業員が会社で実現したいことをまとめた「ビジョンマップ」を作っている。やりたいことを実現するために、自分はどうすればいいかを考えて行動することは、会社にとってプラスになるからだ。黒ニンニク商品を世界中で販売し、レストラン事業を始めたいなど夢はたくさんあるが、「まずは社員が挑戦したいことを、させてあげられるだけの強固な経営基盤を築く。社員が夢を描ける会社にしたい」と力を込める。

(西村公美)

ここが聞きたい

 -農業生産法人を設立している。

 「安心できるものを食べたい」という消費者の志向が高まり、国産ニンニクは値上がりしている。当初は県内農家から仕入れていたが、コスト削減へ自社生産しようと宮崎市佐土原町と西都市内の休耕地を活用している。費用は買い取っていた時の半分程度。農業人口が減る中、原料を自ら賄える体制を整えておくのは強みになる。

 -黒ニンニク関連商品の海外展開ビジョンは。

 日本貿易振興機構の市場調査を活用して慎重に商機を見定め、海外のバイヤーが多く参加する商談会に積極参加している。10月に福岡であった商談会では、富裕層の多いドバイの商社が興味を示してくれた。語学の堪能な外国人スタッフが入社したおかげで、海外とのやりとりがスムーズになってきた。最近、事務所の壁に世界地図を貼った。輸出している国には緑色、輸出を目指す国には赤色のピンを刺し、目標を「見える化」して意識を高めている。

プロフィル

 もみき・しんいちろう 宮崎市佐土原町出身。佐土原高ではラグビー部主将を務め、チームを県大会ベスト4に導いた。社会人チームでプレー中に両膝の靱帯(じんたい)をけがした20代半ば以降、競技からは遠のいているが、「将来はラグビーを通して地域の子どもたちの育成に携わりたい」。1975(昭和50)年12月生まれの41歳。

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