みやビズ

2019年11月18日(月)
キーパーソン

延岡商工会議所会頭 清本英男さん

2011/06/16

変化に対応し更なる成長を

商工会議所職員と談笑する清本会頭(左から2人目)

商工会議所職員と談笑する清本会頭(左から2人目)

 雇用の低迷やインフラ整備の遅れ、中心市街地の空洞化…。待ったなしの課題が山積する延岡経済界のかじ取り役に就任し、今年で17年目を迎えた。「過去の延長線上に未来はない。発展を目指すには、時代に合わせて変化し続けなければならない」。周囲に常に求めてきたその姿勢は、激変する経済状況の中に身を置き、会頭としても企業トップとしても、生き残りを懸け戦ってきた経験から生まれた。

 旭化成の企業城下町として発展してきた地域経済の在り方は、この20年で大きく様変わりした。繊維から医療・医薬、電子分野へと軸足を移した旭化成の動きによって、これまで「1社依存」を指摘されてきた地元企業群はより高度な技術を求められるようになり、工場の省力化などによる同社社員数の減少を背景に、商業は落ち込んだ。旭化成の成長が即、地域の発展に直結しなくなってきたからこそ「変化」への思いを強くする。

 更なる成長を目指す積極的な姿勢は、会社経営で自ら実践してきたものだ。大阪で大学、サラリーマン生活を送った後、1963(昭和38)年、清本鉄工に入社。高度経済成長が続く昭和40年代には、旭化成の繊維事業の拡大とともに、同社との取引も増加。「旭化成でのシェアナンバーワンを目指すためにも、旭化成だけにしがみついては駄目」。それまでに培ったノウハウを武器に、神戸製鋼や日立とも取引を始め、営業力、技術力ともに磨きをかけた。

 その後、オイルショックや経済のグローバル化を背景に、各メーカーの製造拠点が海外にシフトすると、変化に呼応するように新分野を開拓。「目先を変えれば、チャンスは必ずある」と、従来の工場プラントのメンテナンスに加え、食、エネルギー、環境分野に進出。中国での水処理事業への参入も果たした。

「発展を目指すには、時代に合わせて変化し続けなければならない」と語る清本会頭

「発展を目指すには、時代に合わせて変化し続けなければならない」と語る清本会頭

 延岡商工会議所の歴代トップは、地域性から、ほとんど工業界出身。その状況から”工業会議所“とも揶揄(やゆ)されてきたが、目を配るのは工業だけにとどまらない。中心市街地活性化から観光振興、大学を生かしたまちづくりなど、商工業振興に収まらない幅広い分野を活動の場としている。

 まちづくりでは行政と連携し、機能集約型の都市構想を推進。商業や地域の活性化を模索する中で観光の産業化を掲げるなど、会頭として新分野への挑戦を後押しする。特に、中心市街地の活性化では、着想から約10年で本格化し始めたJR延岡駅周辺の再開発を重視し、「人が住み、集うまちなかにしなければならない」と意気込む。

 「宮崎の将来は、県北地域の発展にかかっている」。見据えるのは、延岡を含む広域での競争力強化だ。

 08年には日向商工会議所、門川町商工会と経済懇談会を立ち上げ、民間レベルでの広域連携を強化。その中で「県北」を「ひむか」と名付け、椎葉村や五ケ瀬町など県北2市5町1村を一つのエリアとして全国にPRする構想を主導する。「”ひむか“地域のポテンシャルは計り知れない。行政ではできないことを民間でどんどん進めていく」。そう語る目に迷いはない。

ここが聞きたい

 -行政や観光協会と連携し、観光の産業化に力を入れ始めた

 延岡はこれまで、観光を正面から取り組んでこなかった。だからこそ開発する余地があり、商工会議所が実施した観光イベント「えんぱく」では、市民の間にも観光振興への意識が芽生えるなど大きな可能性が見えた。

 ただ、延岡だけで大勢の観光客を呼び込むのは難しい。県北地域で地域資源を集約し、一体となって取り組むことが大切になる。

 -旭化成の事業構造の転換により、延岡工業界も岐路に立っている

 旭化成の工場設備が高度化し、地元製造業も自前で設計力を持ち、旭化成に提案できる力が求められるようになった。旭化成の技術力に付いていくためには、人材を育てることが重要。現状に満足し、リスクを考えていたら大きな仕事はできず、経営者は新しいことに果敢にチャレンジすることが必要だ。

わたしのオススメ

 仕事も遊びも何でも体験。それが若さを保つ秘訣(ひけつ)。新しいデパートやお店を見つけると、すぐに足を運んで何がはやっているのか、どういった商品が売れているのかをチェックするだけでも楽しい。新しい体験が、自分の感性を磨いてくれる。

 年を取ると、パソコンなど難しいことを敬遠しがちになるが、それだと何かが生まれるチャンスを失ってしまう。何事もチャレンジすれば面白さに気付く。2~3年前にiポッドを購入した。若手社員に使い方のレクチャーを受け、今では好きな映像や音楽を楽しむための無くてはならないものになっている。

プロフィル

 きよもと・ひでお 延岡市出身。大阪工業大機械学科卒。1963(昭和38)年、清本鉄工入社。常務、専務取締役を経て、88(同63)年に社長就任。85(同60)年、延岡商工会議所議員となり、94年から現職。延岡道路・北方延岡道路建設促進期成会会長、延岡地区防犯協会会長なども務める。

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