みやビズ

2019年6月16日(日)
キーパーソン

福一不動産(福岡市)社長 古川隆さん

2015/12/21
福一不動産の事務所に立つ古川社長。社員には素直さや感謝の気持ちを忘れないよう説いている

戦略は半径500メートル営業


福一不動産の事務所に立つ古川社長。社員には素直さや感謝の気持ちを忘れないよう説いている

福一不動産の事務所に立つ古川社長。社員には素直さや感謝の気持ちを忘れないよう説いている

 九州最大の歓楽街として知られる福岡市博多の中洲地区と、商人町の川端地区で不動産業を手掛ける。営業エリアを「会社から半径500メートル」に特化。地域密着の戦略で安定経営を実現し、さらなる成長を目指している。

 延岡高から大分工業大(現日本文理大)建築科を経て、1985(昭和60)年に大阪に本社を置く大手マンションデベロッパーに就職。福岡市にある九州支店に配属され、飛び込み、電話営業でがむしゃらにマンションを販売した。3年目に支店で1位、4年目には約1000人いる全社の営業マンでトップの成績を獲得。会社も業績は右肩上がりを続け、バブルで飛躍的に伸びた売り上げは業界トップクラスの約5000億円に達した。

 だが、バブルがはじけると業績は急落。会社の経営悪化を伝える報道とともに、次々と社員は退職していった。最終的には自身もリストラを言い渡され、12年間のサラリーマン生活に終止符を打った。

 電気工事店を営む延岡の実家に戻ることも考えたが、「これまでの経験を生かすしかない」と97年、福岡市内で福一不動産を創業した。最初に受けた仕事は中古マンションの販売。所有者がローンを返済できなくなり、債権が銀行から保証会社に移った物件だ。九州各地に点在し、移動には片道2、3時間を要する上、折り込みチラシや新聞広告などの宣伝費は自ら用意しなければならず、販売できたとしても手元に残るお金はわずか。肉体的にも精神的にもつらく、先が見えない日々が続いた。その頃、かつて本で読んだことがあるランチェスター戦略という経営法則を学び直し、戦略の転換を決心する。

 その法則では「商品、地域、客層を限定することに経営の秘けつがある」と教えていた。創業から約2年後、知人に勧められた博多区の中心部・上川端商店街に事務所を移転した。「クレームがあった時に自転車で5分以内に駆けつけられる範囲」と、営業エリアは事務所から半径500メートルに設定。そこが博多の商人町・川端地区と歓楽街・中洲地区だった。

「地域に商売が受け入れられるように努力した」と振り返る古川社長

「地域に商売が受け入れられるように努力した」と振り返る古川社長

 主な事業は店舗の賃貸仲介。ただ歴史の古い商人町で「よそ者」が商売するのは容易ではなかった。当初はビルのオーナーに店舗を任せてもらおうと飛び込み営業しても「あんた、誰」と追い返されることの繰り返し。地域に溶け込むために「妻と地域のあらゆるイベントに出て、町内や祭りの役職などみんなが嫌がる役回りも引き受けた」。

 ある会社社長に「自分からも発信した方がいい」と勧められて始めたのが地域新聞の発行。会社の宣伝は全く載せず、地域の人や店、出来事などを紹介する内容で、今までに約200号を数えた。回を重ねていくうちに、距離を置かれていた地元の人々にも次第に受け入れられるように。博多弁も懸命に覚え「宮崎弁はここでは絶対しゃべれん」と笑う。

 事務所を移転した当初、中洲の店舗稼働率は52パーセント。そこで、ビルオーナーへの手数料など店舗オープンに掛かる経費を見直し、借りやすい環境を整えた。これが受け入れられ、現在、中洲で営業している約2300店舗の3分の1ほどを自社の仲介物件が占める。自社の成長と連動し、中洲全体の店舗稼働率も90パーセントにまで伸びた。

 さらに、顧客の店が繁盛するようにスナックなどを経営する女性らを対象にした講演会を開催、経営に関して個別店舗に具体的なアドバイスも行う。中洲の店を利用しやすいよう、料金を明示して紹介するインターネットサイトも開設する。「エリアや顧客を絞ったことで、いろんな仕掛けができる」。中洲を日本一の歓楽街に-という夢を描きながら、次なる構想を練っている。
(高森千絵)

ここが聞きたい

 -社員をどう指導している。
 1人で会社を始め、今は社員22人。今年も新卒を5人採用した。人が成長するのに一番重要な要素は素直さ。真面目であっても素直でないと人は伸びていかない。そして次に感謝の気持ちを忘れない、うそをつかない、ということを説いている。

 -目標や夢は。
 大きな夢だが、24時間営業のモールのような施設を造りたい。中洲が動いているのは午後6時ごろから翌日の午前1、2時ごろまでの約8時間。1日の3分の2は使われていない。そう考えるともったいない。60歳ぐらいまでにそんな施設に着手できるよう、会社の力をつけていきたい。

プロフィル

 ふるかわ・たかし 1962(昭和37)年9月、延岡市生まれ。座右の銘は「正々堂々」。休日はプールやカイロプラクティックでリラックスする。福岡大経済学部、九州産業大経済学部の非常勤講師も務める。福岡市博多区のマンションに妻美恵子さん(51)、次男(24)と暮らす。

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