みやビズ

2019年10月17日(木)
キーパーソン

宮崎大学農学部附属住吉フィールド(牧場)准教授 小林郁雄さん

2015/08/24
住吉フィールドの牛舎で。単なる肥育ではなく、畜産業発展を目指すさまざまな実験が行われている

経験重視、畜産の現場で指導

住吉フィールドの牛舎で。単なる肥育ではなく、畜産業発展を目指すさまざまな実験が行われている

住吉フィールドの牛舎で。単なる肥育ではなく、畜産業発展を目指すさまざまな実験が行われている

 「とにかく動物と触れあうことが大事」。宮崎大学農学部附属フィールド科学教育研究センター・住吉フィールド(牧場)で学生らを指導する専任教員として、こう強調する。それは畜産業でも獣医学でも、経験が成長につながることを身をもって知っているからだ。体験学習にくる地域の子供たちには牧場の楽しさを、国内外から実習にくる学生や社会人には楽しさに加えて畜産の厳しさを、経験を通して伝える。畜産業界の将来を担う人材が育つことを願い、日々の指導にあたっている。

 国立大学附属牧場の中で、国内で2番目に長い歴史を持つ住吉フィールド。2013年度からは教育関係共同利用拠点として、全国の学生や社会人、留学生、地域の児童らを受け入れ、その数は年間延べ3000人を超す。「近代の畜産を体験できる、国内でも貴重な牧場」と自負する。

 東京都出身。生まれてすぐ栃木県那須野ヶ原へ転居し、牛や馬が身近にいる環境で10歳まで過ごした。この経験からか、幼いころから「獣医師になりたい」と思っていたという。都内の中学、高校に通い、進学先に宮崎大学農学部獣医学科を選んだ。

 野生動物に関心を持っていて、学生時代は串間・都井岬の野生馬「御崎馬」の研究を手伝った。アフリカ南部のザンビア大学へ1年間、留学した経験もある。「野生動物の研究ができる」と軽い気持ちで海を渡ったが、現地で世話役となるはずだった教授が既に日本へ帰国していたり、学校が政情不安のあおりで閉鎖されたりとトラブル続き。ザンビアの国定公園で青年海外協力隊の野生動物調査に参加した際には、ライオンのうなり声が近くで聞こえる中で寝たこともあった。だが、苦難と感じることもなく持ち前の前向きさで状況を楽しんだ。

「経験のためにも、とにかく動物と触れあうことが大事」と話す小林さん

「経験のためにも、とにかく動物と触れあうことが大事」と話す小林さん

 「自分も青年海外協力隊に参加したい」という思いが頭をもたげる中、世界各国から来ていた獣医師たちから言われたのは「経験が一番大事。経験を積みなさい」。そこで、大学卒業後は北海道・鶴居村で農業共済組合の獣医師として勤務。3年間、牛や馬の治療にあたった。その後も、長崎大学熱帯医学研究所の研修コースを経て再びアフリカへ半年間渡航したり、沖縄県の久米島で獣医師をしたりして経験を積み重ね、2010年1月から住吉フィールドの職員として働き始めた。

 働き始めて間もなく、本県を揺るがした口蹄疫が発生する。同牧場は殺処分こそ免れたが、学生の実習も牛の出荷もできない状況が半年も続いた。「もどかしく、不安だった」。だからこそ今、同牧場では防疫にも細心の注意を払う。食品安全の国際的な適正農業規範「グローバルギャップ(Global G.A.P.)」の認証を、畜産分野では国内で初めて取得。防疫、労働安全の確保、家畜のストレスの少ない飼育などに取り組み、新しい畜産事業モデルの確立を目指している。

 畜舎の屋根に断熱塗料を塗って室内温度の変化を調べたり、餌のやり方でコストを下げられないかを研究したりと、畜産業界への貢献を目指す拠点でもある同牧場。ここで経験を積んだ学生の中には、大規模牧場などに就職する学生もいる。「当施設の究極の目標は人材育成。畜産業界で活躍してくれる学生がいると素直にうれしい」。そう笑顔で話した。

ここが聞きたい

 -海外からの視察や実習も年間数十人受け入れている。防疫に対する取り組みは。

 日本の近代的な農業を学びたいと思っても、受け入れる牧場は少ない。住吉フィールドはその点でも貴重。もともと宮崎大学は東南アジアとつながりが深く、多くの研修生が訪れる。中には、自費で1カ月間、研修にきた人もいた。

 防疫に関しては、徹底的にリスクを排除している。例えば、口蹄疫清浄国のインドネシアから受け入れる場合でも、渡航前2週間は家畜に触らないことをこちらから要請。日本に入ってからも1週間は家畜に触らない仕事をしてもらう。靴は日本で買ったものを使ってもらっている。

プロフィル

 こばやし・いくお 東京都出身。宮崎大学大学院で、牛の寄生虫に関する研究で2010年3月、博士号(獣医学)を取得。宮崎大学農学部附属フィールド科学教育研究センター住吉フィールド(牧場)の仕事には08年4月から技術員補助として関わり、10年1月から同牧場助教。14年11月から同センター准教授。「将来はアフリカだけにこだわらず、海外の国際機関で働いてみたい」。1970(昭和45)年2月生まれの45歳。

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