みやビズ

2019年10月14日(月)
キーパーソン

宮崎第一交通社長 吉松雄三さん

2015/08/17
乗務員から幹部候補へ、北海道出向、東日本大震災と、これまでの人生で3度の転機があったと語る吉松社長

震災の経験語り継ぐ

乗務員から幹部候補へ、北海道出向、東日本大震災と、これまでの人生で3度の転機があったと語る吉松社長

乗務員から幹部候補へ、北海道出向、東日本大震災と、これまでの人生で3度の転機があったと語る吉松社長

 これまでの人生を振り返り、3度の転機があったという。最初は宮崎第一交通(宮崎市)でタクシーの乗務員仲間から管理職候補になるよう勧められたとき。二つ目が経営者の一人として北海道のグループ企業に出向したとき。そして東日本大震災だ。

 学生時代は福岡・中洲の小料理屋でアルバイトに励んだ。勉強するより働きたい。その思いが高まり、大学を中退。そのまま小料理屋の紹介で料亭に就職した。住み込みでの下積み生活はつらいこともあったが、夏祭りの「博多祇園山笠」では水法被に締め込み姿で山車「舁(か)き山」を担ぎ、街を駆け抜けた。下町の風情が残る博多で板前への道を歩んだ。

 30歳を前に帰郷。宮崎市に構えた小さな店は繁盛した。ただ、客に勧められた酒を断り切れずに飲むことが多くて体を壊し、入退院を繰り返した。そんな姿を見かねたタクシー運転手の知人が提案した。「お前も運転手になりない。夜に車に乗れば酒を飲まんで済むじゃないか」。時代は昭和の終盤。繁華街のニシタチは酔客で混雑し、新婚旅行客もまだ多かった。乗務員になるとすぐに頭角を現し、スカウトされて1992年1月に第一交通産業へ入社した。

 新しい職場でもよく走り、よく稼いだ。面倒見がよく、主任、班長とリーダー役を任され、上司からは何度も管理職候補への転身を勧められた。でも断った。乗務員としての収入の方が良かったからだ。あるとき、同僚のひと言が心を動かした。「俺たちがみこしを担ぐから乗ってくれよ」。仲間のために大きくなってくれ-。その思いに管理職への道を歩むことを決心。宮崎市内で2年間の営業所長勤務を経て、2000年10月、第一交通産業が買収したばかりの札幌第一交通(札幌市)へ営業所長として出向した。

 南国から北国へ。半年は雪に埋もれる地域のタクシー需要は高く、売り上げは良かった。しかし給与や賞与以外に支払う石炭や灯油代としての越冬手当、スタッドレスタイヤの準備、除雪作業など経費もかかった。風土が異なれば、人もまた異なる。交渉では従来の価値観が通用しない事も多く、北海道では胸襟を開いて従業員と対話する大切さを知った。経営者として貴重な経験を積み「労務管理のいい勉強をさせてもらった」と振り返る。

東日本大震災の発生を伝える新聞を見詰める吉松社長。「震災を経て、私自身強くなった。あんなに苦労して、みんなで助け合い、生き延びて」

東日本大震災の発生を伝える新聞を見詰める吉松社長。「震災を経て、私自身強くなった。あんなに苦労して、みんなで助け合い、生き延びて」

 06年12月、観光第一交通(仙台市)の社長に就任した。1年半後にはグループ企業4社の社長も兼務。多忙な日々を過ごしていた11年3月11日、大震災に遭遇。得意先から慌てて会社に戻り、従業員の安否確認に追われた。乗務員2人と乗客1人が津波の犠牲になっていた。確認に向かった遺体安置所で制服姿の従業員と対面。当時を思い出し、「悔しかった」と声を震わせた。

 ただ経営者としてうろたえる時間はなかった。一瞬で全財産を失った社員もいた。水や食料、燃料も不足していたが、公共交通機関がまひする中、タクシーは被災地を駆け回れる貴重な移動手段。社員を鼓舞して業務を続けた。宮城県のタクシー事業の被害は、死者・行方不明者43人、流出や浸水などの車両被害は416台。県タクシー協会の副会長としてタクシー業界の全国組織に支援車両の調達を呼び掛けたり、国土交通省に車検の延長を掛け合ったりして、タクシーが被災者らの役に立てるよう奔走した。

 14年春、故郷に戻ってきた。「震災を経て、私自身強くなった。あんなに苦労して、みんなで助け合い、生き延びて」。震災から4年目となったことしの3月11日は、仙台市で開かれた県タクシー協会の合同慰霊祭に気持ちも新たに参加した。がれきなどが散乱していた震災当時に比べ、街並みは片付いた感がある。ただ、そこから先の復興のスピードが遅いと感じた。

 宮城で苦しみを一緒に乗り越えた人たちにどう恩返しするか考えたとき、語り継ぐことだとあらためて決心。震災を風化させず、後世に語り継ぎ、同じような被害を出さないために企業や団体、自治会などを回っている。「津波が来たら逃げようと。経験したことをみんなに少しでも話す。『語り部』が宮崎第一交通の社長業と合わせた私の新しい仕事です」

ここが聞きたい

 -8月1日から、国がタクシー事業者に過当競争を防ぐため営業台数を減らすよう強制できる「特定地域」に宮崎市交通圏(宮崎市、東諸県郡)が指定された。

 全国153地域のうち29地域が候補に挙がり、その中で宮崎市交通圏を含む15地域が指定された。それだけ全国でも競争が厳しい地域。指定は前向きに受け止めている。一般企業とタクシー事業には大きな賃金格差あり、若い働き手が入ってこない。

 第一交通産業グループの場合は、自分がそうだったように努力次第で乗務員から社長になれる。だから若い世代には希望を持って入ってきてもらいたいし、自分もその目標でありたい。

 車両数の適正化は労働条件の緩和や向上につながり、会社の健全化にもつながる。ただ減車ありきではなく広く業界の活性化を考え、議論していかなければならない。

 -タクシー業界の現況は。

 業界で一番問題になっているのは、米国発の「ウーバー」「リフト」などスマートフォンのアプリを利用した「白タク」行為。利用者がスマホのアプリを操作して特定の場所に配車を頼むと、登録した一般ドライバーが無料でタクシーのように送迎するもので、この春福岡市で行われていた実験を、国土交通省が道路運送法に抵触する可能性が高いとして中止するよう指導した。

 タクシーはお客さんの移動の手伝いをしながら、経費をかけて磨いた安心安全や快適さを提供している。これらのサービスは白タクとの大きな違い。その点は自信を持っていいと思うし、業界として、もっとそこをアピールしていく必要があると思う。

プロフィル

 よしまつ・ゆうぞう 1953(昭和28)年2月、宮崎市生まれ。日向学院中高-福岡大中退。92年1月、第一交通産業入社。北海道や宮城、石川の第一交通産業グループ企業の社長などを務め、2014年2月から現職。太陽モータース社長も兼務する。防災関連の講演依頼については応相談。宮崎第一交通本社電話0985(27)5513

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