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2019年8月26日(月)
キーパーソン

オートショップユタカ代表取締役 廣川豊さん

2015/04/20
「自分も楽しまないと、ハーレーの魅力は伝えられない」と話す廣川さん

ハーレーの楽しさ広める

「自分も楽しまないと、ハーレーの魅力は伝えられない」と話す廣川さん

「自分も楽しまないと、ハーレーの魅力は伝えられない」と話す廣川さん

 ハーレーダビッドソン・ジャパン契約正規販売店を運営するオートショップユタカ(宮崎市田野町)は今年、設立から40年の節目を迎えた。この40年は、バイク好きたちと共に歩んできた歴史でもある。いまもハーレーに乗り、レストア(修理・復元)を心から楽しむ姿勢は本県のライダーたちのお手本に。交通安全意識の啓発や、海外観光客へのサービスにも積極的に関わっている。

 広々とした店内にはさまざまなスタイルのハーレーが数台、ゆとりを持って展示してある。アパレルやアクセサリーの品ぞろえも豊富で、バイクに乗らない人も楽しめる雰囲気が漂う。「バイクを売るだけでなく、楽しさやかっこよさも伝えていきたいからね」と豪快に笑う。

 4歳のとき父が戦死、母一人子一人だったため中学校を卒業後、三股町にあった茶試験場に勤めた。しかし、「違う世界でやってみたい」と1年で辞め、集団就職で和歌山へ行き鋳造会社に入社した。当時、景気は右肩上がり。油圧プレス機の販売にも乗りだし、自らも設計、製造を手掛けた。「工作機械が全国で足りなかったほどの時代だった。よく売れた」と振り返る。

 1970年代、オイルショックが時代を変えた。機械は売れなくなり、約束手形は不渡りになった。当時は工場長を任されており、責任ある立場だった。人との付き合いを大切にして仕事に臨む性格のため「下請けの人たちに迷惑をかけたこともつらかった」。会社はたたむことになった。

 1974(昭和49)年、宮崎へ帰るのだが、その後の方向性を決めたのが趣味のバイクだった。かつて日本で製造販売されていたオートバイのブランド「陸王」のサイドカーが雨ざらしで置いてあったのを見て、購入を申し出て、自らレストアしたほどのバイク好き。帰郷直前には、ハーレーの新車を200万円で購入した。1ドル360円のときだった。

 帰郷後の75(同50)年、オートショップユタカの前身となるユタカ商会を設立。ホンダやヤマハの50CCのバイクや、和歌山時代の人脈を生かして購入した、一度は廃車になった白バイをレストアして販売するなどした。まだまだライダー人口は少ない時代。「食べることで精いっぱい」だったが、休みの日はライダー同士で集まってツーリングに出掛け交流を楽しんだ。「当時、高校生だった子が、『おじちゃん、もう57歳になったよ』と今でも遊びに来てくれる」とうれしそうに話す。

ハーレー数台がゆったりと展示してある店内で。アパレル商品も充実している

ハーレー数台がゆったりと展示してある店内で。アパレル商品も充実している

 現在の店舗に移ったのは17年前の98年。それまで店舗を構えた宮崎市の中心部に近い場所からすると、随分と郊外に移るため関係者からの反対もあったが、「周囲に気を遣うこともなくていい」と意に介さない。それまでは他の外国メーカーのバイクも扱っていたが、ハーレー一本に絞った。店舗入口に1938年式のハーレーを展示するなど、自身も楽しみながら、より魅力的な雰囲気づくりに力を入れている。

 新しいサービスも昨年6月から始めた。それが「ハーレーレンタルバイク」だ。店舗だけでなく、宮崎市内のホテルとも連携してアクティビティーの一つとして提供している。台湾からの観光客から利用の申し出があった際には、一緒に県内観光名所をツーリングした。旺盛なサービス精神も、自ら楽しむ心を忘れないからこそできること。ハーレーの魅力を「ゆっくり走ることも、操作を楽しむこともできるいいバイク。家族全体で楽しめるところもいい」と語る。今後もバイクを売るだけでなく、売った後の関係も大切にしながら、その魅力を伝える“伝道師”としての役目を果たしていく。

ここが聞きたい

 -交通安全意識の啓発にも力を入れている。

 年に1回、ハーレーオーナーズグループのメンバーとパレードを実施している。クリスマスシーズンには、サンタやトナカイに扮(ふん)したハーレー愛好家たちのパレードも。交通安全に対する意識もだが、暴走族といったバイクの負のイメージを払拭(ふっしょく)したい。ライダーたちには、普段から格好良く乗ってほしい。格好良く乗ってこそのハーレーだ。

 -リターンライダーが増えている。

 実感しているが、もっと増えるよう定年後を迎えた方たちにもハーレーの魅力をアピールしていきたい。寒いときには凍えながら、暑いときには汗をかきながら乗ることもバイクの魅力。バランス感覚や足腰も鍛えられる。長生きの秘訣(ひけつ)だ。

プロフィル

 ひろかわ・ゆたか 都城市出身。妻ケ丘中卒。1975(昭和50)年、ユタカ商会を設立し、宮崎市曽師町に店舗を開いた。同市昭和町、一宮と順に移転した後、現在の田野町の店舗へ。現在は世界最古のモーターサイクルメーカー・インディアンのバイクをレストア中。「古いエンジンならバラバラになっていてもどの部品か一目で分かる」。41(同16)年12月生まれの73歳。

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