みやビズ

2018年6月23日(土)
キーパーソン

大山食品社長 大山憲一郎さん

2011/11/21

伝統守り、新たな技術を追求

昔ながらの甕(かめ)仕込みで黒酢を造る大山食品。敷地内には約300個のかめが並ぶ

昔ながらの甕(かめ)仕込みで黒酢を造る大山食品。敷地内には約300個のかめが並ぶ

 1930(昭和5)年創業の老舗「大山食品」の4代目として社長に就任したのが2006年。昔ながらの甕(かめ)仕込みという伝統的な製法で黒酢を造りながら、焼酎かすから食酢を醸造するなど、新たな技術を追究する。その姿勢は生粋の経営者だが、「まだ見ぬ場所へ行きたい、住みたい、働きたい。とにかく外へのあこがれが強かった」と明かす。

 大宮高校を卒業後、東京農業大(東京)に進む。同級生は、日本酒、焼酎、みそなど発酵食品に携わる会社の跡継ぎが在籍する醸造科を選んだが、「家業を継ぐ気は全くなかった。当時は大好きな車やオートバイにかかわろうと、整備士になることも考えた」。

 大学を卒業した1990年、希望したのは入社後即海外で働ける会社だった。知り合いのつてでようやく見つけたのは西ドイツのワイン醸造所の仕事。ドイツ語などできなかったが、単身で海を渡った。朝3時に起きて、アイスワイン用の凍ったブドウを収穫する。ワイン組合の理事長宅に居候し、住まいは屋根裏部屋という生活だったが、「寝床と食事があればいい。給料は月2万円ほどだったが、楽しかった」と懐かしむ。

 転機は突然、訪れる。1年更新の研修ビザの更新期限が迫った矢先、湾岸戦争が発生した。一時帰国を決め、帰郷するとちょうど家業の繁忙期で、「『1週間だけ手伝ってくれ』と言われ、手伝っているうちに、1カ月が2カ月になり、そのまま戻れなくなった」。91年、24歳で大山食品に入社した。「今振り返ると、(自分の人生では)醸造業とのかかわりが最も深い」と笑う。

 「やるからには社長を目指す」と最初に決めた。配送の仕事を振り出しに、酢の製造はもちろん、営業や経理、製造など会社のすべての職場を回った。トップに立つため、父や叔父の背中からすべて盗もうと必死に働いた。そんな矢先、ひらめきが走った。麹(こうじ)造りがうまいと評判の川越酒造場(国富町)で学んでいた時、大量に廃棄される焼酎かすが目に止まった。小規模なメーカーでは、焼酎かすの処理に苦慮していた。

「経営者として、情報収集も仕事」と話す大山社長。県内外の商談会や講演会などにも積極的に参加する

「経営者として、情報収集も仕事」と話す大山社長。県内外の商談会や講演会などにも積極的に参加する

 「酒かすから酢を作る技術は昔からある。それなら焼酎かすも使えるのでは」。研究をスタートしたが、焼酎かすは保存がきかず、夏場はすぐに腐敗してしまう。研究の末、長期間保存できる方法を発見し、数年がかりで誕生したのが「アミノ黒酢」だ。今では、数十種類ある商品の中でも5本の指に入る人気商品となっている。

 一方で、消費者のニーズが多様化していると実感する。5年から10年おきにお酢ブームが訪れるが、限界も感じていた。そこで、2000年から、地域の特産品を相手先のブランドで生産する取り組みに乗り出した。きっかけはキンカンの生産者から、規格外を使った商品開発の依頼を受けたこと。「これまで会社が存続できたのは、消費者や原料を供給してくれる生産者のおかげ。客あっての商売」と強調する。小ロット生産も可能で、これまでに日向夏ミカンや青シソのお酢、ポン酢や酢豚のたれなど、さまざまな加工品が生まれている。

 本業の傍ら、数年前から個人事業として、どぶろくの製造にも乗り出した。材料となる米作りから始め、08年にどぶろく製造免許を取得した。自らの夢を実現させながら、5年前から海外への販路拡大にも取り組む。年2、3回、海外の展示会や商談会などにも出展し、ようやく手応えも感じ始めている。「世界中の発酵食品で、日本には優秀なものが多い。伝統の製法を大切にしながら、海外の先進的な醸造技術も取り入れたい」と意欲を示す。

ここが聞きたい

 -業界の情勢はどうか。

 飲むお酢や、お酢を使ったドレッシング、サプリメントがブームになることもあるが、全体では酢の使用量は減っているように感じる。(会社としても)今までの顧客や取り組みを大事にしながらも、時代の流れに対応する方策を考えており、一つの方法として直販体制も検討している。

 -海外への販路拡大に積極的に取り組んでいる。

 大阪の自然食関連の商社を通じて、30年以上前から海外との取引はあるが、卸専門だった。世界中の発酵食品の中で、日本産は優秀な商品が多く、世界的に日本食ブームが起きている。マクロビオティック(穀物菜食)などでヨーロッパなどでも人気は高いが、現在は同じ米文化のアジアがターゲットだ。海外販路拡大に関して5カ年の計画を立てており、今年が最終年度。香港、シンガポールに足がかりを築きつつある。

私のオススメ

 大学時代に日本酒にはまってから、とにかく日本酒が好き。酒好きが興じて、国富町が国の構造改革特区「どぶろく特区」に認定されたことを受けて、法華嶽公園(同町深年)内に醸造場と宿泊施設、飲食店を兼ねた「法華嶽八町坂」を2008年に開業し、どぶろく「しこたま」を造っている。将来可能であれば、日本酒づくりにも挑戦してみてみたい。ちなみに、最近お気に入りの銘柄は大分県浜嶋酒造の「鷹来屋」だ。(談)

プロフィル

おおやま・けんいちろう 東京農業大卒業後、単身渡独。帰国後の1991年、大山食品に入社し、99年に専務取締役へ就任した。2006年から現職。本業の傍ら、国富町内でどぶろくを製造する「法華嶽八町坂」を個人開業する。国富町出身の44歳。

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