みやビズ

2018年8月19日(日)
キーパーソン

ブルーウィング社長 森山喜昭さん

2014/07/31

豊かな着想で次々に製品開発

 津軽三味線の家元、バンドのマスター、経営者…。さまざまな顔があり、とにかく元気な人である。同族会社の社長を退いた後、新たに会社を立ち上げた。豊かな着想で風力・太陽光発電や畜産施設の自動噴霧システムなどユニークな製品を次々に開発。実用新案を取得するものもあり、中国の企業から引き合いがきている。

数々のユニークな製品を開発し続ける森山喜昭さん(右)と弟の兼博さん

数々のユニークな製品を開発し続ける森山喜昭さん(右)と弟の兼博さん

 特殊金属加工で知られる森山工業(延岡市)の社長を2004年から4年間務めた。同社は森山さんの同族会社。チタンの溶接で一目置かれる技術を持っていたが、長引く不況の波は容赦なく押し寄せ、在任中に経営の転換を迫られた。当時、仕事の大半は旭化成関係。旭化成への依存割合を低くするため、新たな取引先を見つける必要があった。

 「旭化成がくしゃみをすれば、協力企業は風邪をひく。それが延岡」。自ら取引先の開拓に動いた。旭化成に出入りしている企業へ取引を持ち掛け、受注を次々にまとめていった。中には技術力が認められ、直接取引できないかと逆に申し込まれることも。社長就任以降、取引契約に至った企業は8社に上った。

 旭化成から受ける仕事の数は変わらないものの、新たな仕事が増えてパイ自体が大きくなり、「(くしゃみをしても)風邪をひかない体質になった」。この時の技術に対する執着心、探求心が後で生きてくる。森山工業の経営を軌道に乗せた後、08年5月に社長を引退。63歳だった。

 「引退はしたが、何か仕事をしたかった。化石燃料に頼らない風力発電を取り上げたテレビニュースを見て思うものがあった」。4カ月後、弟の兼博さんと長男の慎作さんの3人でブルーウィングを立ち上げた。森山工業に勤務していた兼博さんは根っからの技術者で、39歳の時には独自に風力発電のシステムを作ったほどだ。

森山バンドのギターとボーカルを担当する森山さん。手掛けた地域の歌は少なくない

森山バンドのギターとボーカルを担当する森山さん。手掛けた地域の歌は少なくない

 初めての製品は車の発電機を再利用した小型風力発電機。ただ、延岡市内では年間を通して風が吹かず、売れ行きはいまひとつだった。次に目を付けたのが太陽光発電だ。電線の引き込みが不要で発光ダイオード(LED)ライトを使ったポール型ソーラー照明灯を考案した。街路灯や防犯灯として利用でき、製作費も既存品に比べて半分に抑えた。

 これだけにとどまらない。シカやイノシシなどによる農作物被害に対応する電気柵を開発し、太陽光発電で蓄電した電力を供給できる無停電電源装置も製品化した。いずれも基幹事業である蓄電池やクリーンエネルギーの太陽光を応用しており、県内外から注目されている。

 最新の製品は、畜産農家の負担を減らすための牛舎や鶏舎向けの自動噴霧システム。建物の天井付近に設置したノズルから消毒液や液体肥料、水などを高圧エアで散布する仕組み。本県で口蹄疫や鳥インフルエンザが発生した際、「高齢化や後継者難に悩む農家に役に立ちたい」と考えたのがきっかけだ。改良を重ねた結果、実用新案に登録された。

 今後は海外進出も視野に入れる。自動噴霧システムは3万頭の肥育牛を所有する中国・大連市の企業に設置することが決まっている。さらに、これまで培った技術を駆使して東南アジアの国々の野菜作りを含めた農業振興に貢献できればと思っている。「現在、食の安全が問題になっている。口蹄疫、鳥インフルエンザを防ぎ、安全・安心な食材が提供できるようにしたい」と意気込んでいる。

ここが聞きたい

 -さまざまな製品を手掛けている。

 開発には、常にアンテナを張っておくことが欠かせない。世の中が求めているものは何かを敏感に嗅ぎつけ、行政機関などと連携しながら進めることが大切だ。あとは営業力が問題だが、できれば各地に代理店をつくって対応していきたい。これまでの技術を生かして海外でも役に立つ仕事ができればと考えている。環境や農業など協力できる分野はあるはずだ。

 -地域活動も熱心に取り組んでいる。

 兄弟を中心に始めたバンド(森山バンド)は、地域の皆さんに喜んでもらえる存在になった。作詞作曲も行っていて、これまで多くの地域の歌(音頭)を手掛けた。延岡を盛り上げるため、アレンジして自由な振り付けで踊れる延岡ばんば踊りをつくりたい。最終的には踊りを競う大会を開き、全国からたくさんの人を集めたいと思う。延岡は高速道路が抜け、活性化するチャンスだ。

わたしのオススメ

 アマチュアバンドの森山バンドを結成したのは2005年10月。08年にはオヤジバンドの全国ナイスミドル音楽祭九州大会に県代表として出場し、九州準グランプリを獲得した。バンド活動をしていると、若返る。青春時代に戻った感じがして楽しい。故郷・宮崎をテーマにした「どげんかせんといかん宮崎節」や延岡発祥のチキン南蛮を取り上げた「チキン南蛮物語」など、オリジナル曲もある。ぜひ、聞いてほしい。(談)

プロフィル

 もりやま よしあき 延岡市出身。日向工業高卒。中学時代からギターを独学で覚え、ビートルズやベンチャーズの影響を受け、延岡初のエレキバンド(ザ・シャネルズ)を結成した。津軽三味線森山流の家元でもあり、後進の育成に力を入れている。来年の海外公演(フランス、フィリピン)に向け、練習に余念がない。地元のボランティア活動にも積極的に取り組んでいる。1945(昭和20)年9月生まれの68歳。

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