みやビズ

2019年7月19日(金)
キーパーソン

県経営者協会会長 佐藤勇夫さん

2011/06/02

「宮崎を元気に」と第一線

経営者協会総会後の懇親会で会員と和やかに話す佐藤さん。会員らの信頼は厚い

経営者協会総会後の懇親会で会員と和やかに話す佐藤さん。会員らの信頼は厚い

 「宮崎銀行代表取締役会長」をはじめ数十の肩書・公職を持ち、「意外と忙しくしているんですよ」と柔和な表情を見せる。頭取などを務めた同行で培った人脈、経験を生かし、本県財界の顔役の一人として地域経済発展へ第一線に立ち続けている。

 銀行マンのイメージが定着して長いが、「実は電鉄に勤めたかった」と明かす。父が自動車メーカーに勤めていた関係で4歳まで福岡、東京で暮らし、戦後、父の日向興業銀行(宮崎銀行の前身)への転職に伴い宮崎に戻った。宮崎大学付属小、同中学校、宮崎大宮高校を経て法政大経営学部へ。「子どものころは勉強もせず、人より秀でたものはなかった」と笑う。

 大学時代は、当時どの大学にもあった「観光事業研究会」に所属。東京オリンピック(1964年)を翌年に控えた3年生の時、東京のホテル事情をリポートにまとめたことも。観光業への関心もあり、卒業後は電鉄が日本をけん引すると見据え私鉄への就職も希望したものの、宮崎銀行に入行した。

 「父の仕事を見て、同期よりは銀行の業務内容を知っていたと思う。入行からしばらくして、融資などの取引で自分の判断が求められるようになると、面白い仕事だと思えるようになった」。その後は、常に新しいことをしようと心掛ける。「銀行は、とかく保守的な組織だが、前例踏襲では駄目だと思った。人が嫌がることを率先してやろうと努めた」という。

 頭取時代(2001~08年)もその考えは変わらない。04年公表の中期経営計画(3カ年)で、全国の銀行に先駆け農業分野支援の姿勢を明確にした。「宮崎は経済基盤が弱く、基盤産業の強化が不可欠だと考えた。他地域に負けないのは農業で、これを活性化したいと思った」と話す。専担者らが必死に勉強して融資商品などを開発。JAをはじめ農林系金融機関一辺倒だった若い経営者らを中心に取引が増え、他県でメガバンクを含む他行も倣うまでの成果を残している。

数々の肩書や公職を持ち、本県経済のけん引役が期待される佐藤さん

数々の肩書や公職を持ち、本県経済のけん引役が期待される佐藤さん

 同様に医業分野にも力を入れ、経営へのアドバイスも積極的に行うなどし、こちらも商機を広げた。「昔は貸し出し、預金集め、送金が銀行の三大業務だったが、金融自由化でいろいろ取り組めるようになった。今の行員たちは大変だろうが、逆にやりがいもある」と頼もしそう。

 現在代表を務める県経営者協会は労務問題や次世代経営者育成、社会貢献活動を、代表幹事に名を連ねる宮崎経済同友会は県民的立場から社会問題について経済界として行政に要望し、行政とタイアップして諸課題の解決を図るなどしている。「両団体とも宮崎が元気になってもらうため活動している。経営者協会では研修会などでよく勉強しており、東九州自動車道の整備促進に力を入れてきた同友会は、成果を出した」と強く自負する。

 4月26日の経営者協会総会では「日本中に沈うつな空気が漂い、自粛ムードがまん延している。私たちが日本を元気にするために積極的に行動し、一刻も早い復興を支援しなければならない」とあいさつし、大きな拍手を浴びた。会員たちは、リーダー役の佐藤さんに、まだまだ期待を寄せているようだ。

ここが聞きたい

 -現在の本県経済をどう認識しているか。

 宮崎は口蹄疫、高病原性鳥インフルエンザ、新燃岳噴火の三重苦を経験したことで、「のんびり」「ぬるま湯」と言われてきた県民性が打たれ強くなったのではないか。東日本大震災発生で、まだまだ恵まれていると感じた人は多いはずで、前向きにとらえなければならない。宮崎はこれだけ自然、地形に恵まれいい素材があるので、それを生かせばビジネスチャンスがあると思う。

 -みやざき観光コンベンション協会会長でもある。本県の観光浮揚に求められるものは。

 人情味を提供する企画や、スピリチュアルツアーも人気を集めているが、最も有効なのはスポーツキャンプ。プロ、アマ含めて年間400団体が来県し宿泊し、食べて消費している。これはもう立派な観光。また、恵まれた気候を生かしたゴルフ場も観光資源であり、中国などと連携を深めて冬場に来県してもらう仕掛けも必要だ。

わたしのオススメ

 日ごろ忙しく、家ではほっかりするのが一番。仕事のことを考えない時間も必要だ。ゴルフも好きだが、土、日曜にプレーしない日はボーッとしている。音楽好きなので、クラシックを聞くことも多い。NHK交響楽団などのオーケストラが来県する時はよく会場に足を運んでおり、宮崎国際音楽祭も時間が許す限り聞きに行っている。

 宮崎銀行では通算9年ほど東京で勤務し、その時はよく美術館に行った。今も、上京すれば上野の国立西洋美術館などを訪ねている。その流れから言えば、宮崎を素晴らしい県にするためには、文化的な環境を充実させるのが重要だと思う。(談)

プロフィル

 さとう・いさお 1964(昭和39)年、宮崎銀行入行。取締役東京支店長、専務などを経て2001年6月~08年6月に頭取を務め、同月から代表取締役会長。06年に県経営者協会会長、宮崎経済同友会代表幹事に就き、県体育協会会長なども務める。2人の娘は県外で暮らす。宮崎市在住、69歳。

アクセスランキング

ピックアップ