みやビズ

2018年10月21日(日)
キーパーソン

かぐらの里社長 濵砂修司さん

2013/03/28

古里思い1000年続く会社目指す

 1000年生きることができる村をつくるために1000年続く会社にしたい-。山深く過疎化が進む西都市の東米良地区で地元農家が生産するユズの加工品製造、販売を父親とともに手掛け、集落や住民の暮らしを支えてきた。倒産も考えるような瀬戸際から地道に県外での売り込みなどを続け販路を開拓。経営を立て直した今も、古里の存続を願い「未来永劫(えいごう)続く会社を」と前を向いている。

ユズ加工品などを製造するかぐらの里の工場で作業を見守る濵砂社長。ユズは地元農家から仕入れている

ユズ加工品などを製造するかぐらの里の工場で作業を見守る濵砂社長。ユズは地元農家から仕入れている

 現在の年商は約1億5000万円。「なるだけ早く年商5億円に」と意気込みを語るが、こんな目標を口にできるまでに逆境も経験した。ユズの生産農家だった父親が生産者組合を組織し、1978(昭和53)年、ユズの加工品製造、販売を手掛ける「かぐら里食品」を創業した。ただ、食品加工や流通については全く素人。売り上げは伸び悩み資金繰りに窮して、家族にも負担がのし掛かった。「借金の保証人にもなってもえらないほど。外には分からなかったかもしれないが、家の中は火の車で経営安定にはほど遠かった」

 自身は妻高を卒業して19歳でJA西都に就職し、実家の借金を返すために勤務する一方、繁殖牛も飼育。結婚して子供を授かる中、働いても家計の苦しさは変わらず「このままじゃ、どうにもならない」と27歳で同JAを退職。家業を継ぐ決心をした。

 専務として家業を手伝い始め会社の経営改善を社長である父親に提案したが、「考えが違いぶつかることも多かった」という。西都市内に限られていた販路を県外にも求めようと、物産展に繰り返し足を運び、ようやく「3年目ぐらいで1週間の売り上げが100万円ほど」に達するようになる。これに併せ、通販の数字も次第に伸び始め、長く続いた暗闇に明るい兆しが見えるように。30代半ばのころには年間約50カ所、全国各地の物産展に足を運ぶようになり、「やっと商品も回り始めた」。

 地道な努力を続けたことで学んだ販売のノウハウ。商品のネーミングやパッケージデザインに少し手を加えるだけで売り上げが大きく伸びることも知った。「直売で何十万人の客と言葉を交わし、売り方も教えてもらった」

 ゆずごしょうやポン酢など、現在は100種類以上に増えた商品。開発にもこだわり、添加物を極力使わず、材料は可能な限り地元で調達した。農家から仕入れる原材料のユズは安定した供給体制が整い、市場価格に左右される心配もない。「こんな小さな村の小さな会社の商品が生き残るためには何か違うものがなければいけない。原料段階から全てを知っているというのも商品の安全性にもつながり、会社の強みになる」と信じる。

地域のために「1000年続く会社を目指したい」と語る濵砂社長

地域のために「1000年続く会社を目指したい」と語る濵砂社長

 生産現場と密接な企業だからこそ「生産と加工は切り離せない」と考え、2012年7月には農業生産法人に組織変更。同時に父親から社長職を引き継いだ。

 目指すのは「大もうけしなくていいから、つぶれない会社」。金銭面で苦労し、お金に執着していた20代のころ、友人が障害のある家族を陰ながら支えている姿を知り、われに返る。「自分が社会のためにできるボランティアは何だろうと考えた結果、会社を大成させて地域に貢献することだと思った」。以来、その思いは変わらない。

 リーマンショック以降、デパートの物産展や通販などの売り上げが減少傾向にある。ただ、そんな苦境にめげることなく、ここ数年は海外への売り込みを進め、この4月からは長女香純さん(23)を軸にしたネット販売にも力を注ぐ計画だ。「小さな会社で終わる気は全くない」。30年近くかけてどん底からはい上がってきた経験を糧に、さらなる挑戦は続きそうだ。

ここが聞きたい

 -ユズ加工品の現状と今後の展開は。

 リーマンショックを機に2、3年前からデパートや通販で売り上げが落ちてきた。それを境に売り上げに占める卸、直売、貿易などの比重を少しずつ変えようとしてきている。現在は卸が5割、直売や物産が3割、貿易やネット通販が各1割程度。2013年度から商談、貿易、ネットなどの担当者を決めて、それぞれを同じ割合にしていきたい。近く商品のリニューアルも考えていて、もう少しこだわった商品を作っていこうと思っている。

 -生き残っていくためには何が大事か。

 会社の強みを理解していることが大事。うちの場合は生産者を知っていて、原料段階から全て把握していることが安全性にもつながる。市場価格の変動も受けずに安定して材料を確保できる面もメリット。

わたしのオススメ

 やっぱり国の重要無形民俗文化財にも指定されている地元の銀鏡神楽。毎年12月に銀鏡神社で奉納され、全国から見学に来る。芸能人などもお忍びで見に来るほどの人気。観光化されていないスタイルが今では珍しいようだ。ただ、守っていくのも簡単ではない。今は地域外に住む出身者らを含め、保存会の約20人で守っているが、運営費などの資金がなければ維持していくのも容易ではない。いつか会社が大きくなった暁には、神楽を舞う人たちには「神楽手当」を支給できたらと真剣に思っている。(談)

プロフィル

 はますな・しゅうじ 西都市出身。ユズ生産農家の長男に生まれ、銀上小、銀鏡中、妻高を経て1983(昭和58)年、JA西都入り。9年間で退職し、実家が営む「かぐら里食品」の専務に。県外物産展での販売や通販などを通し、徐々に販路を開拓する。2012年7月に農業生産法人「かぐらの里」に組織変更したのを機に社長に就任。銀鏡神楽で有名な銀鏡神社は会社のすぐ近く。従業員10人。1964(昭和39)年12月生まれの48歳。

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