みやビズ

2019年10月14日(月)
キーパーソン

黒木本店社長 黒木敏之さん

2011/07/28

売り急がず、丁寧に造る


木おけの中のもろみを確認する黒木さん。約2週間発酵させ、蒸留すると焼酎が出来上がる

木おけの中のもろみを確認する黒木さん。約2週間発酵させ、蒸留すると焼酎が出来上がる

 「百年の孤独」「たちばな」「きろく」「中々」「野うさぎの走り」「ハナタレ」「山翡翠(やませみ)」「山ねこ」「山猿」…。風土を生かし、育まれた酒文化を継ぐ。1885(明治18)年の創業当時から守り続ける手作りの伝統は研ぎ澄まされ、これらの焼酎に凄味(すごみ)さえも与えた。人の味覚から味覚に味はつながれていき、全国各地のリピーターは数知れない。

 第1次焼酎ブーム直前の1980年代初頭、26歳で東京の企業を辞めて帰ってきた。「父は『大変だから継がない方がいい』と言っていた。あのころはまだ、売れない焼酎メーカーだった」。この言葉に、焼酎造りの厳しさが凝縮されている。当初、営業や商品開発など一通りの仕事に携わり、焼酎のことや市場のことなど一つ一つ学んだ。そして、ものづくりへの飽くなき探求が始まる。

黒木本店と尾鈴山蒸留所が製造する焼酎。百年の孤独(右から2番目)をはじめ、県内外に多くのファンを持つ

黒木本店と尾鈴山蒸留所が製造する焼酎。百年の孤独(右から2番目)をはじめ、県内外に多くのファンを持つ

 まずは山芋で焼酎を造った。2年間は大ヒットしたが、その後全く売れなくなった。「これが売れなくなったおかげで、今度は麦焼酎を樫樽(かしだる)で貯蔵することを考え、百年の孤独が生まれた」と、抜群の香りで「幻の焼酎」とまで評される商品の誕生を語る。

 「第1次焼酎ブームも終わったころだったのでじっくりじわじわ売っていこうと思っていた」。自分の焼酎に対する思いを伝える商品になることを常に考えながら、丁寧に造り、丁寧に売った。口コミで少しずつ「孤独」は広がり、その地位を確立していく。関東などから買いに訪れる客も続出するなどして「手に入りにくい焼酎」となった。その人気をさらに不動のものにした逸話がある。皇太子殿下のご成婚時にテレビ番組で「殿下のお気に入りのお酒」として紹介されたこと。一日中、電話が鳴りっぱなしだったという。

原料から焼酎造りに取り組む。「児湯は土壌がいい。環境を考え、丁寧に造っていきたい」と語る黒木社長

原料から焼酎造りに取り組む。「児湯は土壌がいい。環境を考え、丁寧に造っていきたい」と語る黒木社長

 高鍋町内で伝統的製法に取り組む一方で、自然の中で焼酎造りに専念しようと1998年、木城町石河内に尾鈴山蒸留所を創設。常圧蒸留にこだわり、手作りを徹底させる。自然の恵みが凝縮された工場では、山翡翠、山ねこ、山猿などが生まれた。

 2004年には、農業生産法人「甦る大地の会」を立ち上げる。減農薬の環境保全型農業として、高鍋を中心に40ヘクタールの農場で焼酎の原料となる米、芋、麦を生産。さらに焼酎を製造した後に排出される有機性廃棄物(焼酎かす)は、肥料として自社農場や地元農家で利用し100%リサイクルを実現している。焼酎造りに「農」を組み込むことで「人と大地が一体となったものづくり」を実践する。「南九州の原料で造るからこそ、文化である」と、高鍋の土壌にほれ込み、生産物の質の高さに誇りを持つ。

 1998年から2007年ごろまで焼酎ブームが続き、市場は3倍に膨れ上がった。しかし、ここにきて沈静化の傾向にある。「ブームは異常だった。早くあれを忘れることだ。市場は落ち着いたが、焼酎への支持は多い。売り急ぎをせず、丁寧に造ることが大事」。土地を耕すところから始める焼酎造りの本質を大切にしながら、地道な商品づくりを続ける。


ここが聞きたい


-県内の焼酎市場をどうみる。

 定番化現象が進んでいるが、焼酎をよく飲んでいただいているのでありがたい。消費量は宮崎、鹿児島が双璧と言われるくらい高いと思う。ブームは落ち着いたが、これからも消費を続けてもらいたい。

-水へのこだわりは。

 尾鈴山水脈の良質の地下水を使用。これをさらに安定した水質にするために、ピュアウオーターシステムを導入している。20年以上前に東京の企業と共同開発した。地下水は、このシステムの逆浸透膜(セルロース)を通過することによって危険物質をすべて取り除いた上、発酵時に酵母が栄養とする適度なミネラルをしっかりと抱え込む理想的な水になっていく。

私のおすすめ

 ビジネス書から文芸作品まで幅広く読んでいる。最近読んで心に響いたのは「わが人生に刻む30の言葉」(牛尾治朗著、致知出版社)。特に「to do goodを考える前にto be goodを目指しなさい」という言葉。これは、「いいことをしよう」と、事をなす前に自分を磨きなさいということだ。この年齢になってあらためて強く感じる。本は出会いだ。

 音楽も聴き、最近はジャズのサクソホン奏者、武田知命のアルバムに凝っている。若いころ聴いたときとはまた違う感覚で酔いしれている。(談)

プロフィル

 くろき・としゆき 1977(昭和52)年、立教大経済学部卒業後、ソニープラザ入社。80年4月、黒木本店入社。94年に社長に就任する。尾鈴山蒸留所、農業生産法人「甦る大地の会」の代表も兼任。高鍋商工会議所会頭。高鍋町出身、57歳。

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