みやビズ

2019年1月23日(水)
キーパーソン

スマイルデータシステム代表 安藤政美さん

2014/03/17

パソコン業界の“総合医”へ

 専門を持たない普通科高校出身の“不利”を、探求心とやる気で補ってきた。20代の頃からIT(情報技術)に関わる幅広い技術と知識をどん欲に吸収し続け、その結果、多様なニーズに対応できる技術を築き上げてきたスマイルデータシステム(宮崎市)。「宮崎は何でもやらないと生き残れない」。その言葉通り、多彩な事業展開を武器に淘汰(とうた)の波を乗り切ってきた。

多彩な事業展開で淘汰(とうた)の波を乗り切ってきた安藤代表

多彩な事業展開で淘汰(とうた)の波を乗り切ってきた安藤代表

 創業から今年で20年の節目を迎え、IT業界に携わってからは30年を超えた。業界に入るきっかけは高校2年、井上陽水やかぐや姫に憧れ、ミュージシャンを志したものの、「才能のなさ」を痛感していた時だ。ふと立ち寄った本屋で、1冊の本を手に取った。未来ではコンピューターを使っていろんな事が実現できる-。その内容に、「世界が広がる感覚」を覚えたという。

 高校では教師に恵まれ、数学の面白さにも目覚めた。数学への関心と、コンピューターのプログラミングの方向性も一致。本に出合って以降は、パソコンにのめり込んだ。

 アルバイトで金をため、当時20万円ほどもした大きなパソコンを購入。ゲームソフトを作っては雑誌に投稿する企画がコンピューターファンの間で人気を集め、せっせとオリジナルゲームの制作に励んでいたという。パソコンが普及するのは当分先の話で、「コンピューターで遊んでいる友人は周囲にいなかった」。高校3年になると、両親からも「ゲームばかり作っていても、将来仕事がない」と叱られた。

 「プログラマーになりたい」との思いを強め、「コンピューターの科目が多かった」という近畿大学理工学部に進学。大学卒業後は目標通り、県内のコンピューター関連会社でプログラマーとなった。

 会社は10人ほどの小所帯。若手も重要な仕事を受け持ち、「やりがいがあった」。しかし、例えば、経理ソフトの作製依頼があっても経理の知識がなく、コンピューターを修理する場面では、その機構が分からない。実業系の高校を卒業した同僚が得意分野を持つ中で、「実務のノウハウや知識が全くないことに気付いた」という。

 その「不利」をなくそうと、あらゆる仕事を受け、そのたびにどん欲に知識を吸収。業種を問わず経験を積み、入社して7年ほどたった頃には、技術部長に就いていた。

「あって良かったと思われる会社にしていきたい」と語る安藤代表

「あって良かったと思われる会社にしていきたい」と語る安藤代表

 「社長向きではない」。今でもそう感じているが、会社の倒産をきっかけに創業。同業他社から、「役員待遇で」と入社の誘いもあった。しかし、「顧客が困っている顔が目に浮かび、何とかしたい」と、魅力的な誘いを断り、「向いてない」社長業を歩むことを決意した。

 「IT、中でもシステム開発の分野は斜陽産業」。現状をこう指摘する。創業してから20年間、同業他社の倒産も目にしてきた。その中で生き残れた理由は、事業の幅広さにある。システム、ホームページの作成、保守管理からコンピューター活用コンサルティング、コンピューター関連機器の修理…。会社員時代の知識と経験を生かし、あらゆる仕事を請け負ってきた。

 困ったら何でも面倒を見てくれる。パソコン業界の“総合医”のよう-。顧客から、こんな言葉を掛けられたことがある。「本当にうれしい言葉だった。企業から相談を受ければ、できないとは言いたくない。皆さんから『あって良かった』と思われる会社であり続けたい」

ここが聞きたい

 ―IT業界の現状をどのように見ているか。

 システム開発の分野に絞って見ると、厳しい状況だ。企業は利益が出なければシステムへの投資をしない。大きく景気に左右される。

 ―今後、力を入れる分野は。

 タブレット端末を利用するシステム開発に力を入れていく。手作業でやっていた伝票処理などを、端末を使って現場で入力するだけでも、コストや労力の削減につながる。基幹業務は効率化が進んでいる一方で、現場では非効率な部分がまだ多い。その辺りを解決できる取り組みを進めていきたい。

わたしのオススメ

 いまだにパソコンが趣味。新しい機種が出ると、すぐに購入していろいろ試している。中でもアップル製品が好き。アップル好きは以前からで、1995年にはアップルコンピューターの正規認定店にもなった。新しいものに触れることは、仕事にもつながる。2~3カ月使った後は、知り合いに安く譲ったりもしている。(談)

プロフィル

 あんどう・まさみ 宮崎市出身。1978(昭和53)年に宮崎日大高校を卒業後、近畿大学理工学部に進学。大学卒業後は宮崎市内のシステム開発会社に就職。会社倒産を機に、93年に個人創業し、95年に法人化。1960(昭和35)年9月生まれの53歳。

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