みやビズ

2018年8月20日(月)
侃侃諤諤

2014年夏の課題(下)/霧島酒造社長・江夏順行さん

2014/07/25

20度の文化広めたい


 本格芋焼酎の「黒霧島」が売れている。開発からわずか15年で芋焼酎のトップブランドに成長した。その黒霧島を引っさげ、夏の商戦に挑んでいる霧島酒造(都城市)。都会ではアルコール度数25度の焼酎が主流だが、「20度(の文化)を売り込んでいきたい」と意欲をみせる。江夏順行社長に今後の戦略などを聞いた。
(聞き手・経済部長 杉尾守)

 -黒霧島の販売が好調です。

「アルコール度数20度の文化を広めたい」と話す江夏社長

「アルコール度数20度の文化を広めたい」と話す江夏社長

 弊社が製造している焼酎の99パーセントは芋焼酎。黒霧島は売り上げの8割を超える主力商品になっています。黒霧島を開発したきっかけはアサヒビールの「スーパードライ」です。巻き返しを狙ったスーパードライの戦略をみていて、従来にない「新しいステージ」をつくる必要性を感じました。当時はライバルだった鹿児島の焼酎メーカーをなかなか追い抜けず悩んでいた時期です。鹿児島では黒麹を使った焼酎があって結構売れていたので、これはいけると思いました。「黒」という土俵をつくり、仕掛けていきました。1998年に開発して、わずか15年で出荷量が全国1位の芋焼酎になりました。

 -黒霧島の何が受けているのですか。

 従来の芋焼酎といえば、その芋臭さが原因で避けられていました。芋の「クセ」を好む人もいますが、全体的にみればそう多くはありません。黒霧島は芋のクセがなく、すっきりしていて、それが女性にも都会でも受け入れられています。飲みやすいということです。「食に合う焼酎」も追求していて、いろんな料理と一緒においしく味わえると好まれています。食を引き立ててくれる感じでしょうか。福岡における販路の拡大も奏功しました。宮崎県出身者も多い九州電力の本社エリアを中心に飲み屋さんや酒屋さんを回り、独自の流通をつくり、地道に黒霧島ファンを増やしました。福岡にはいろんな企業の出先があり、口コミで全国に広がっていきました。

 -これからの戦略を教えてください。

 現在、全国で製造されている芋焼酎のうち約4割は弊社の商品です。それを5割にしたい。2012年の売上高が全国の焼酎メーカーの中でトップになりましたが(帝国データバンク調べ)、国内市場のすべてを満たしているかといえばそうではありません。関東以北は伸びしろがあると考えています。今後もおいしいと思ってもらえる焼酎を造り続け、着実に伸ばしていきたい。また、県外では25度の焼酎が主流になっている中で、20度を売り出していくつもりです。25度の焼酎はお湯や水で割って飲むケースが多いのですが、20度はロックでそのまま飲んでおいしい。本来の味を楽しめます。20度の文化を広げていきたいですね。

 -「霧島」の種類も増えました。

社員からの信望が厚い江夏社長。社員には「夢がなくては始まらない」と言い続けている

社員からの信望が厚い江夏社長。社員には「夢がなくては始まらない」と言い続けている

 オレンジ芋・タマアカネを原料にした「茜霧島」を6月に発売しました。霧島ブランドでいうと、「霧島」「黒霧島」「赤霧島」に次ぐものです。さまざまな消費者ニーズへ応えるには商品の多様化は必要であり、定番商品への「飽き」対策ともいえます。消費者の多くは商品を購入する際、トップブランドを選ぶ傾向にあると言われています。それがトップブランドの「安定性」につながっているわけですが、霧島もそれを生かしてきたいと思っています。

 -今夏の節電にはどう取り組みますか。

 事務所は昨年同様、空調の温度設定や照明のLED化を進めています。電力消費の大きいのは工場。8月に入ったら芋焼酎の本格生産が始まるため、日中の電力消費がピークとなる時間を避け、できるだけ夜間に稼働するようにしています。社内に省エネ・エネルギー管理委員会があり、部署ごとの毎月の使用量を把握して通常より多ければ改善しています。また、11年に増設した工場に太陽光発電を取り付けており、同工場の1割程度をまかなっています。
(宮崎経済同友会常任幹事)


【プロフィル】えなつ・よりゆき 立教大経済学部卒。1971(昭和46)年、霧島酒造に入社。取締役企画室長、専務取締役を経て、96年から現職。エナツ、和光不動産の代表取締役社長も務める。霧島酒造は2016年に創業100周年を迎える。「この100年をしっかり検証することが大事」と話す。都城商工会議所副会頭、県酒造組合副会長。都城市出身。1946(昭和21年)9月生まれの67歳。

アクセスランキング

ピックアップ