みやビズ

2018年12月15日(土)
侃侃諤諤

少子高齢化の影響(下)/NPK社長・児玉和博さん

2014/06/27

元気な高齢者を積極雇用


 少子高齢化による生産年齢人口減少で、労働力の低下が不安視されている。家族や地域の結び付きも弱まり、人々の不安は高まる一方だ。「安心安全を基盤とした、ゆとりある暮らしへのサポート」を経営理念に掲げ、警備事業に加え指定管理、介護事業、農業にも進出しているNPK(宮崎市)社長の児玉和博さんに、積極的な高齢者雇用の理由や今後の展望を聞いた。
(聞き手・経済部次長 久保野剛)

 -景気回復の手応えと、人手不足への対応は

高齢者の積極雇用によって従業員の年齢構成の幅が広がり、「サービスを継続していく上で組織のバランスに安定感を生んでいる」と話す児玉社長

高齢者の積極雇用によって従業員の年齢構成の幅が広がり、「サービスを継続していく上で組織のバランスに安定感を生んでいる」と話す児玉社長

 ことし2、3月ぐらいから、前年同月比で約10パーセント業績が上がっている。警備部門は公共工事関連の仕事量が増えている。国交省が2017年までに関連業者を含む建設業の社会保険加入100パーセントを目指していることもあり、請負単価が上昇している。

 警備スタッフの賃金を3月から10~16パーセント上げた。雇用条件もいいことから求人への反応がよく、定着率も高い。採用計画は順調で、いい人材も確保できている。ただ例年よりNPK全体に対する求職者が減っている。好景気で建設業などの人材確保が活発だからだろう。将来はもっと厳しくなるだろう。働き手、特に若い人が減っており、さらなる賃金アップや福利厚生の充実などは人材確保へ避けて通れない。

 -高齢化で警備業の需要が増えているか

 ホームセキュリティー分野に、火災の発生やガス漏れをセンサーがキャッチしたり、急病やけが、または非常通報に即応したりするシステムがある。わが社では24時間365日、緊急時は20分以内に現場へ急行する体制を整えている。安心安全に対応するのが警備業。生活支援は介護事業に近く、高齢者世帯の増加で、これまで以上に求められるようになるのは間違いない。

 -介護事業に参入している。

 3年前の創立35周年記念に「ゆとりある暮らしへのサポート」という経営理念を定めた。介護もその取り組みの一環。自分たちが直接できないことは、他社と連携しようというもので、ある介護事業者と一緒に取り組んでいた。ところが先方が経営難になり、介護部門をM&Aで取得。13年4月から単独で再スタートを切った。

NPKが販売している、災害発生時の必需品が入った非常持ち出し袋。警備業の役割が防犯から安全安心を基礎とした幅広いものに変わっている

NPKが販売している、災害発生時の必需品が入った非常持ち出し袋。警備業の役割が防犯から安全安心を基礎とした幅広いものに変わっている

 高齢化によりニーズが高まる事業でもあるが、もとは600人近い社員の家族向けの福祉向上を目的にしており、将来的に規模を拡大する計画は今のところない。基本的に介護事業は、次のサービス向上に投資できる程度の収支が適正。介護サービスは利用者が保険を使い、家族の自己負担にも限界がある中で賄われている。多くの収益を生む事業ではないし、利益を追求すると満足のいくサービスにつながらないと思う。

 -高齢者雇用を積極的に行っている

 理由は主に三つ。(1)健康でやる気のある高齢者が多い(2)資格や経験の豊かな人が多く、お客さまとのコミュニケーション能力が高い(3)年齢構成の幅の広さはサービスを継続していく上で、組織のバランスに安定感を生む。警備スタッフ約400人の平均年齢は52歳で、63歳以上が160人、70代の人が40人いる。介護では63歳以上が14人中10人。特に介護事業で家族からの評判が非常にいい。この分野でお客さまのニーズを理解できるのは、やっぱり同世代のスタッフ。若手もそれを見習い、積極的に資格取得しようとするなど前向きになっている。

 -今後の見通しについて

 警備業というものが、かつての防犯・防火という役割から、安心安全を基礎とした幅広い、お客さまのニーズに応えられる業態に様変わりしている。直営でできなければ、他社とタイアップすることも必要。複雑なニーズを満たせるよう、幅広いサービスを創造していく必要がある。人材活用の場として農業生産法人を北海道富良野と小林市に設立しているが、それも取り組みの一つだ。
(宮崎経済同友会会員)

【プロフィル】こだま・かずひろ 宮崎南高から広島大政経学部(当時)に進み、生命保険大手の朝日生命に入社。29歳で帰郷し、父親が1977(昭和52)年に興した警備会社の西日本パトロール(NPKの前身)に就職。常務などを経て92年から現職。2005年に社名をNPKに変更した。日南市で生まれ、宮崎市で育った。1956(昭和31)年10月生まれの57歳。

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