みやビズ

2018年5月24日(木)
食のロングセラー

スコール(南日本酪農協同/デーリィ)

2017/02/08

子どもや酪農家への愛を込め半世紀


 1971(昭和46)年に誕生した日本初の乳性炭酸飲料「スコール」。やさしく、さわやかな味わいで人々を魅了し、半世紀にわたり世代や地域を超えて愛され続ける。

1971(昭和46)年に誕生したスコール。写真手前からホワイト、今月20日発売のマンゴー、4月末発売のゴールデンパイン

1971(昭和46)年に誕生したスコール。写真手前からホワイト、今月20日発売のマンゴー、4月末発売のゴールデンパイン

 スコールを語るには、まず南日本酪農協同の出自を知る必要がある。1960(昭和35)年に県南部酪農業協同組合によって設立され、翌年に大隅、志布志酪農業協同組合が参画した。いわば、本県と鹿児島県の酪農家によってつくられた会社であり、乳価の安定や牛乳の余剰解消、つまりは牛乳の需要拡大を使命とした。

 初代社長に就任した木之下利夫氏(故人)は「牛乳が苦手な子どもたちにも飲んでもらえる方法はないか」と日々思いを巡らしていた。そんなある日、磯釣りに出掛けた木之下氏は持参した牛乳とサイダーをクーラーボックスの中でこぼしてしまった。その光景に木之下氏はひらめきを感じた。これがスコールの着想を得た瞬間だったと社内に伝わる。

 当時ブームだった炭酸飲料と牛乳の融合。全く新しいジャンルの飲料だけに、開発には大きな苦労が伴った。最大の難題は酸凝固。牛乳と炭酸を混ぜると、牛乳に含まれるカゼインと呼ばれるタンパク質が炭酸によって固まり、沈殿してしまう。試行錯誤の末、カゼインの凝集を防ぐ技術を確立しスコールが誕生。72(昭和47)年に南九州、73年には関西地区と北部九州で発売された。

発売当時のスコール。紫外線から品質を守るため、緑色の瓶を採用した

発売当時のスコール。紫外線から品質を守るため、緑色の瓶を採用した

 商品名の「スコール」はスカンジナビア3国で「乾杯」を意味する。木之下氏がデンマークの友人宅に招かれた際に思いついたという。熱帯地方の夕立を指すスコールも重ねられており、牛乳の恵みに乾杯し、渇きを潤すというメッセージが込められている。また、キャッチコピー「愛のスコール」は子ども、酪農家、牛乳への愛を表す。ロゴマークの下地の白十字は、同社のシンボルマークでもある南十字星の輝きと牛乳を表現。あしらわれている白鳥はデンマークの国鳥であり、さわやかさや清潔感が白い乳性炭酸飲料のイメージに合ったためだ。ちなみに、容器に採用した緑色の瓶は当時珍しく、紫外線から品質を守るためだった。

 満を持し、世に送り出したスコールだったが、過去に例のない飲料だっただけに販売は苦戦。そこで、瓶の王冠の裏に「もう1本」や現金が当たるくじをつけたところ、これが“大当たり”。関西地区では巨費を投じた広告宣伝も奏功し、工場がフル稼働しても間に合わないほどだった。発売当初のCMソングは松崎しげる、タケカワユキヒデ、堀内孝雄らが担当した。

 長い歴史の中で、さまざまなフレーバーの商品が生まれた。これまで他社との共同開発を含め100種類以上を販売。現在は最初に開発されたホワイト、そしてマンゴーの2種類を年間フレーバーとし、このほか期間フレーバー5、6種類を数カ月ごとに1種類ずつリレー方式で発売している。ホワイトは発売当初からレシピも味もほとんど変わっておらず、人工甘味料ではなく割高な砂糖やハチミツなどを使い続けている。

南日本酪農協同の本社に展示されている歴代スコール。共同開発を含め、これまでに100種類以上を世に送り出している

南日本酪農協同の本社に展示されている歴代スコール。共同開発を含め、これまでに100種類以上を世に送り出している

 2015年には日本コカ・コーラと自動販売機向け商品の製造・販売に関するライセンス契約を締結。北海道、北陸、沖縄を除き、同社の自販機でスコールが買えるようになった。同社分を除き、南日本酪農協同では年間3680万本(500ミリリットル換算)ものスコールを出荷しており、売り上げは30億円に迫る。乳食品部次長兼飲料課長の花里(けり)伸二さんは「諸先輩が大切に育て、残してくれたスコールブランド。誕生50周年までに全国どこででも飲んでいただける販売網をつくり上げ、スコールの良さを広めたい」と誓う。
(小川祐司)

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