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2020年1月22日(水)
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福岡(3)

2012/08/21

飲食業の進出 業容拡大、特産物周知狙う

 九州最大の都市・福岡には、本県からも多くの企業が商機拡大などを狙って進出している。特に飲食分野では、業容拡大の足掛かりにしようという企業、アンテナショップ的な役割で特産農産物の認知度向上を図る会社、県外での店舗網拡大を狙うなどが少なくない。大都市に挑む、また挑んだ企業の幾つかを紹介する。

主要事業化図り拠点視
都城酒造をグループに持つエムエスホールディングスが「福岡マリナタウン」に出している「ゴールデンスプーン」。同社は飲食部門の強化へ北部九州を重視する

都城酒造をグループに持つエムエスホールディングスが「福岡マリナタウン」に出している「ゴールデンスプーン」。同社は飲食部門の強化へ北部九州を重視する

 福岡市地下鉄の天神駅から20分ほどの室見駅に着き、歩いて10分、目指す店は博多湾に近い同市西区の商業施設「福岡マリナタウン」の専門店街にあった。「ゴールデンスプーン福岡マリナタウン店」。ダイエーを核店舗とするオーシャンドームを一回り小さくしたような広さの施設に60近い専門店があり、フローズンヨーグルトを扱うゴールデンスプーンは11店からなるフードコートに並ぶ。猛暑に近い暑さに見舞われているからだろう、午後4時前後の時間帯でも親子連れらが商品を買い求めていた。ここを運営しているのは都城酒造(都城市)などをグループに持つエムエスホールディングス(HD、同)だ。

 「この春、JR博多シティのアミュプラザ博多の店を閉めてマリナタウンに移した。平日でも主婦層が訪れる施設なので期待している」。同酒造、同HDの川﨑猛社長は紹介する。焼酎「あなたにひとめぼれ」などで知られる同酒造が飲食業に進出したのは10年ほど前。「焼酎は嗜好(しこう)品であり、10年、20年先を見据えたときに酒類だけでやっていけるか不安があった」といい、社内に専門部署を設けて2003年4月、イオン都城ショッピングセンターの誕生に合わせてステーキなどの「ペッパーランチ」(東京)をフランチャイズ(FC)で出店した。以降、「ドトールコーヒー」(同)、「ゴールデンスプーンジャパン」(同)などとFC契約を結び計13店を九州各地に出店。福岡ではペッパーランチ2店とゴールデンスプーン1店、北部九州では長崎や佐賀県でも計4店展開する。

 川﨑社長は「人口、特に若い人が商業施設を回遊している。宮崎と違うのは、日々そこを利用する人が多いこと」と福岡の市場の魅力を口にする。多くの来店者でにぎわうアミュプラザからマリナタウンにゴールデンスプーンを移したのは、アミュプラザの店の開設場所が、せわしなく移動する地下鉄利用者らの通路にすぎないと理解し、家賃に対する費用対効果が低いと判断したためだ。これら市場での経験も生かして飲食部門を伸ばすため、この7月に同部門を統括する「エムエスフードサービス」を立ち上げた。「FC展開している各店には売り上げを倍増するよう言っている。少なくとも今期は昨期より4割ほど伸ばし、福岡市のほか北九州市などへも進出したい」と川﨑社長。飲食部門をグループの主要事業の一つに育てる拠点として福岡、北部九州で展開する姿勢だ。

宮崎牛発信し集客
「博多みやちく」の店内。年々客数を増やし、平日昼間にも鉄板コーナーで女性グループなどがコース料理を楽しんでいる

「博多みやちく」の店内。年々客数を増やし、平日昼間にも鉄板コーナーで女性グループなどがコース料理を楽しんでいる

 福岡市の繁華街・中洲にある「博多みやちく」。平日のランチタイムにもかかわらず、鉄板コーナーで女性グループやカップルらがコース料理を楽しんでいる。コースを味わった同市の80代の女性は「スポーツクラブの仲間や家族と月に1回は来ている。宮崎牛は柔らかく本当においしい」と満足そうだ。焼き肉コーナーにも会社員らの姿が多く、山下亮マネージャーは「オープンから4年以上たつが、多くのお客さまに来店いただいている」。

 宮崎牛の消費拡大へミヤチク(都城市高崎町、羽田正治社長)が同店を開業したのは2008年4月。完熟マンゴーや完熟キンカンなど宮崎牛以外の特産品も提供する姿勢などが受け入れられ、徐々に来店者が増えた。口蹄疫発生の際は宮崎や東京・銀座の店舗と異なり県出身者らが多く訪れたといい、「応援する姿勢で来店いただき、ありがたく感じた」と山下マネージャー。現在の客層はサイコロステーキ(100グラム1000円)などの定食も並ぶランチタイムは会社員や主婦層、コース(5800円など)がメーンの夜は商用や記念日で訪れる客が多く、ミヤチクによると11年度に採算ラインに達したという。

 福岡で受け入れられている要因について、同店店長の経験もあるミヤチク外食課の川口次郎課長補佐は「福岡は若い人も多く情報発信が重要。博多の店は情報発信でも先駆的な取り組みをしている」と、2年前に始めたモバイル会員制度を紹介。ランチメニューが2割ほど安くなるほか限定メニューも楽しめるシステムで、登録者は7000人ほどにまで増えた。また、リピーター確保へ努力を惜しまず、7月はオマールエビ、8月は宮崎牛バラなどを用いた月変わりの特別メニューを用意し、末永志郎店長自らブログなどで情報発信している。

 ミヤチクの井手勝彦常務は「銀座の店は全国に宮崎牛を周知する拠点で、博多店は香港やアジアへ売り込む拠点という位置づけがあり、スタッフが現地で実際に調理するなどしている」と博多店の役割をあらためて紹介し、「出店当初は佐賀牛の知名度が高かったが、宮崎牛も十分浸透してきた」と自負。山下マネージャーは「消費者に最も近く、生産者と消費者をつなぐ立場であることを十分認識し、サービスやトークを生かして宮崎牛ブランドをまだまだ浸透させたい」と話す。

「日本一」へ再度の挑戦視野
ぐんけいが2007年7月に出店した「西中洲店」。当初は地頭鶏を味わう人でにぎわった(同社提供)

ぐんけいが2007年7月に出店した「西中洲店」。当初は地頭鶏を味わう人でにぎわった(同社提供)

 「日本の頂点といえる東京に出店してから各地に下りていくという考えもあったが、まず九州の雄である福岡に出店した」。地鶏の炭火焼きで知られる「ぐんけい」(宮崎市)の黒木賢二代表は説明する。同社は2007年7月、福岡市に「西中洲店」を出店。「宮崎の農家に生まれ育ち、炭火焼きに取り組んできた私が地元のためにできるのは、みやざき地頭鶏を生産羽数日本一の鶏にすること。福岡への出店も地頭鶏を多くの人に知ってもらいたかったからだ」

 1990年に「山地どりの店」としてぐんけいを立ち上げた黒木代表は、「みやざき地鶏」の名だった95年ごろから地頭鶏だけを扱い、広く県民に周知したことで知られる。宮崎市花ケ島町の店には多くの客が訪れるようになり、2002年12月に同市清武町、さらに04年6月には同市中央通にも店を構えて地頭鶏ファンのニーズに応えていた。みやざき地頭鶏普及促進協議会会長を務めるなど普及にも尽力し、「名古屋コーチン、比内地鶏などには負けない自信があり、ぐんけいではなく地頭鶏を知ってもらうために外に打って出ようと考えた」。福岡ソフトバンクホークスのキャンプ地・生目の杜運動公園に出した屋台に福岡から訪れた人たちが地頭鶏を求めて列をつくったこともあり、福岡への出店は自然の流れだったのかもしれない。

 出すからには最高の場所で-という考えから数カ所を検討。那珂川に面し、西中洲に建設されたばかりの3階建てビルに決めて地階と1階に100席ほどを設け、満を持して開業した。「ぐんけい」「地頭鶏」を知る人らなどが訪れ、1日の売り上げ目標70万円を超える日が何日か続いた。しかし、徐々に客足が減っていく。「珍しさと宣伝効果から来店する人が多かった当初はよかった。しかし、価格設定を間違ったことが影響した」と黒木代表。周辺には1万~1万5000円の客単価を設定する店もある中で、4000円程度に設定。地頭鶏をできるだけ安く、より多くの人に提供しようという狙いだったが、「あの場所なら安くても客単価は6000円、しかも60席程度で、ゆったりと食べてもらうような『知っているけど、高くてなかなか行けない店』にすべきだった。中途半端だった」。当初はなかったランチもメニューに加え集客を図ったものの、高額の家賃、人件費などが響き利益を出すことなく11年9月、4年余りで店を閉める。

 ぐんけいは現在、JR宮崎駅前の複合ビル「KITEN」に出店した「宮崎駅前店」など宮崎市内の5店舗で地頭鶏を提供している。黒木代表は「福岡に宮崎の考えを持ち込んだことで力不足を実感させられた。しかし、福岡で地頭鶏の知名度を上げることができた」と福岡に出店した意義をあらためて話し、「うちが焼く地頭鶏が一番おいしい。宮崎でもう一度足腰を強くし、また福岡に出店して地頭鶏を日本一にしていく」と、再度福岡に挑む考えを示している。
 
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 中洲周辺を1時間ほど歩くと、全国チェーンの居酒屋から有名な高級飲食店の支店、各地の郷土料理店、さらに名物の屋台などに老若男女、それなりの人たちが出入りしている。いわゆる同伴の男女も少なくない。中洲に代表される激戦区・福岡には、宮崎ばかりでなく全国各地から出店して狙い通り成功を収める店もあれば、志半ばに土俵から去る店があり、明日もまた多くの店が自慢の食材で客や他店との真剣勝負に臨むはずだ-と思いながら屋台を後にした。
=次回は8月28日掲載=
(経済部・鳥越真也)

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