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2020年2月25日(火)
紙面県内経済

決断 県内の事業承継事情 第1部 親族[5]本音

2014/01/30
時代合わせかじ取り/古参従業員と距離も

社長就任から社内改革や営業拡大に取り組んできたアメックスの上山

 先代の仕事やプレッシャーを乗り越える覚悟があるのかー。管工事会社のアメックス(宮崎市)社長・上山泰寛(53)は、創業者で父の健治郎(83)から経営を引き継ぎ13年が過ぎた。「社長の息子」として見られる立場、古参の従業員との距離、右肩下がりの経済。厳しい環境を切り開くたくましさが後継者には求められる。

 上山は、後継者の多くが「修業」として通る道を歩んだ。大学卒業後、1983(昭和58)年に空調・衛生設備会社大手の須賀工業(東京)に入社。都内や大阪で民間ビルの建設現場を任された。10階、20階建てはざらで「修業の身分ながら二十数億円の工事を任されたことも」。大都市のスピード感も仕事の妙味として身に付けた。

 そんな上山がアメックス前身の旧日向水道工業に“帰った”のは88年だった。高度経済成長期に健治郎がたたき上げた従業員たちは上山をどのように迎え入れたのか。

■意識の違い

 上山はある年の忘年会が今でも忘れられない。午後1、2時ぐらいになり、いそいそと従業員が帰宅し始めた。その後、忘年会の宴席に現れた従業員たちは、風呂に入って着替えていた。

 驚きと怒りに満ちた上山は「きっちり仕事してから来い」と怒鳴りつけた。「まだ若造で血がたぎっていた」と振り返るが、「あの雰囲気がうちの会社の弱みになる」と強く思ってのことだった。

 仕事でも現場監理やコスト、時間に対する意識の違いは大きく、電話の対応から指導することもあったという。上山は「社長より下の従業員は横一線という意識。責任感が希薄で漫然とした空気が漂っていた」という。

 そんな上山に対し、「社長の息子だから」という色眼鏡で見て反感を持つ従業員もいた。上山が資格取得を指示しても、一向に勉強しない従業員もいて辞めてもらった事もあった。

■認め合う関係

 上山は社内改革を進め、バブル経済期が完全に終息した中での営業方針についても転換を打ち出した。公共工事主体の経営から民間工事への移行を目指した。「発注減とたたき合いによる安値競争で採算性が合わなくなる」との判断だった。

 土木、建設会社と民間工事の受注グループをつくるなど、積極的に事業展開を図った。「出来上がった会社の跡を継ぐことができなければ、ほかの仕事なんてできるわけがない」というプレッシャーもあったからだ。現在は従業員の世代交代も進み、上山の考え方が従業員にも浸透している。

 上山の姿勢について、健治郎は「親子とはいえ性格も考え方も違う。生きている時代の違いも大きい」という。社長退任後は経営に一切口出しせず、一定の距離を保つが、「民間工事への参入で経営が安定している。(親を)越えていこうという気持ちが強い」と評価する。

 上山は、健治郎に対し「人生の大先輩。受け入れなければ、全てが始まらない」という姿勢を貫く。「考え方が違っても、2、3歩引いて従う。衝突してはじけたら、それでおしまい」とも。

 親との不仲が原因で会社を去った後継者の姿も見てきたからこそ、その思いは強い。今では若い後継者から相談を受けることも多くなり、同じように説くようにしている。

 今春、大学に進学する上山の長男が跡を継ぐ決意をした。今度は上山は次世代に向けた会社づくりへかじを取っている。(敬称略)

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