みやビズ

2019年9月23日(月)
寄稿コラム / 走れ、若おかみ!(薗田有美)

継承

2013/05/22
 花嫁衣裳の白無垢は「嫁ぎ先の家風に染まる」という意味を持つそうです。そして、「あなた色に染まります」とも聞きます。肌の色、髪の色、その人のイメージ、そして生き方、人生によって着物は染まっていくのでしょうね。

これは私の結婚式の白無垢姿。私色に染まり始めた頃(笑)。JC太鼓のメンバーの結婚式では、本人も太鼓をたたきます。「まさか花嫁が!!」と皆がびっくりした思い出の写真です

これは私の結婚式の白無垢姿。私色に染まり始めた頃(笑)。JC太鼓のメンバーの結婚式では、本人も太鼓をたたきます。「まさか花嫁が!!」と皆がびっくりした思い出の写真です

 私は仕事柄、毎日着物を着ます。そのせいでしょうか、「亡くなった母の着物です。あなたなら必ず着てくれますよね」と立派な着物を頂くこともあります。おかげさまで新調したものは意外に少なく、祖母や母、叔母たちが着ていたものを含めて、たくさんの着物を譲り受けています。

 着物って不思議なもので何も言われなくても、ご家族の思い出や思い入れが伝わってくるんですよね。この方は小柄だったんだな、お茶をされていたんだろうなぁ、なんて考えながら着る時間もなかなか楽しいものです。

 祖母や母の着物は随分と仕事で着たのでしょう。畳によって擦れていたり、染みが残っていたり、まさに仕事人の着物です。大事にとっていてくれたものなので、なおさら愛着がわいてきます。それに、昔のものは、描かれている絵や色合いなど、今の時代のものとはひと味違う魅力もあって、どれもとても気に入っています。

 みやビズでの着物。


 このコラムで登場している赤い着物は大島紬。赤い大島は珍しいらしく、私が生まれた時に母が仕立てた着物です。七五三の時に母が着ている着物や帯を、大事な節目である今回のトップ画面であえて私が同じ着物を着て登場しました。

母の赤い着物と帯。私と同じものです
母の赤い着物と帯。私と同じものです

母の赤い着物と帯。私と同じものです

 私が結婚する時、母はお宮参りや入学式に着られるよう、着物には家紋を入れ、風呂敷には名前を入れ、それを大事にしまっておく桐のたんすを買ってくれました。こうしたことは祖母から受け継がれているようで、日本人ならではの我が家のしきたり。そのときはまだ若く、必要なく感じましたが、今では人生の節目の行事にとても役に立っていて、今更ながら母の愛情を感じます。また、33歳の厄年には「身につける長いものを贈ると、厄払いになる」という言い伝えがあるそうで、私は帯を作ってもらいました。

 洋服が当たり前の今日ですが、成人式、結婚式、入学式、お宮参り、七五三など私たちの人生の節目には着物が登場します。それは、親に買ってもらったものであったり、おばあちゃんに買ってもらったものだったり、大切な人から譲り受けたものであったりするのです。着物は孫の代まで、長く長く使える品物です。ましてや現代では手に入らないような素晴らしい着物も多く、大切にして次の世代へ渡してあげたいと思います。

これは大変めずらしい螺鈿(らでん)の色うちかけ。帯をつくったこともあり特別に貸して頂きました

これは大変めずらしい螺鈿(らでん)の色うちかけ。帯をつくったこともあり特別に貸して頂きました

 ご自宅にある着物、必ずいろんな思い出や思い入れがあると思います。これを機会にたんすをあけてもらえたら嬉しいです。

 さて、皆さんが洋服の衣替えをするように着物にも衣替えがあります。

 季節では、冬場は裏地が付いている「袷(あわせ)」、暖かくなってくると、裏地のない「単(ひとえ)」から「薄物(うすもの)」、盛夏はもっと涼しい「絽(ろ)」や「紗(しゃ)」、麻などの透ける着物。

 一般的に、袷は10月から5月で冬から春・秋を中心に。単は6月と9月の半ばくらいまで、そして薄物は7月と8月に着ます。柄も椿や桜、花しょうぶ、紫陽花など季節感たっぷりで、季節の移り変わりを感じながら着物を選ぶのです。


母はこれを着て「花しょうぶまつり」に出かけます

母はこれを着て「花しょうぶまつり」に出かけます

 一昨年、頂いた着物。

 「これは5月に着るのよ。芍薬(しゃくやく)の蕾が素敵でしょ、着なくなったら七五三の衣装にしてもいいし、羽織にしてもいいから」。

 くださった方はそう言われました。芍薬の花は近所の庭に毎年咲くので、あの花が咲くころにこれを着たら素敵。そんな楽しみも一緒にいただきました。

 着物に描かれている花の種類、季節感は、日本人ならではの風情です。私も着物の旬を少しずつ感じられるようになり、私なりの演出ができるようになったかなと思います。

 先月、訪れた京都で舞妓さんと出会いました。舞妓さんは月ごとにかんざしまでも変えることは発見でした。衣替えはもちろんのこと、かんざしまで四季をこだわっているのです。


4月だからさくらのかんざし。だらいの帯も半えりもとても美しかったです
4月だからさくらのかんざし。だらいの帯も半えりもとても美しかったです

4月だからさくらのかんざし。だらいの帯も半えりもとても美しかったです

 もうひとつ印象に残ったのが、若い舞妓さんの赤い襟。これはきまりごとなのだそうです。私も、着物に襟を縫い付けていて、襟には興味を持っているので、その美しさに目を奪われました。

 私は半襟にいろんな色柄を選んで毎日付け替えています。半襟とは肌に直接当たる長襦袢の襟のことで、なかなか丸洗いできない着物を大切に着るための知恵です。呉服屋さんが扱う本来の半襟のほか、手芸屋さんで着物に合う布を見つけて縫い付けてみたり、最近では絵柄も豊富になった手ぬぐいも使います。「旅館の若おかみがそんなのを使ってるの」なんて思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、手ぬぐいは長さもちょうどよく、季節の絵柄を楽しめて汗まで吸収してくれるすぐれものなんです。

白はもちろんですが、いろいろな半えりをたのしんでいます

白はもちろんですが、いろいろな半えりをたのしんでいます

 半襟の付け替えは手間ではありますが、着物を仕事着とする私流の着こなしのひとつです。

 このように襟元は洋服を選ぶように遊び心のある組み合わせを考えていますが、譲れないのは着物を着崩すこと。襟に不似合いなレースをつけたり、レースの足袋を履いていたり、浴衣の丈を短くしたりすることはやはり納得いきません。新しいことを取り入れることは素敵ですが、私はあくまでも基本を大切にして、着物を着たいのです。

 蒸し暑い夏、着物を着ながらいつも思い出す言葉があります。

 「武士は食わねど高楊枝(たかようじ)」

 これは武士の気概を表した言葉で、たとえ貧しい境遇にあっても、貧しさを出さず気位を高くもって生きるべきだということ。また、やせ我慢することの例えだそうです。ぴしっと帯を締めた夏の着物はまさにやせ我慢。見栄を張って夏の着物を着こなすのです。

 夏物の着物は私たちを涼しげに魅せてくれます。そして、それを着る私たちは涼しげに振舞わなければなりません。これが、日本人ならではの粋なのだと思います。

 まさに、「武士は食わねど高楊枝」。今の私にぴったりな言葉ですね。もうじき、蒸し暑い夏がやってきます。

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■若おかみ奔走中その4

 京都に行ってまいりました。今年で64回を迎える「京おどり」。

 芸妓と舞妓が舞い踊る格調高く優美な舞台に終始魅了され、京都の素晴らしさを肌で感じてまいりました。京おどりは毎年4月から16日間講演されているそうです。

 歴史や文化が残る京都、観光客でいつもにぎわう京都。うらやましいと感じたのも本音です。

 翌日は伏見神社でお祓いをしてまいりました。「筑紫の日向の橘の小戸の‥」この宮崎の地名が出てくる祝詞を聞けたのは新鮮で誇らしく感じました。

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