みやビズ

2019年10月14日(月)
寄稿コラム / 宮崎に恋するゆみ子のここだけ話(金澤ゆみ子)

海外経験

2012/09/12
 カナザワエイジェントで活躍中のイベントスタッフによる留学中の体験談をご紹介したい。
 バンドのボーカルをしている彼女は、アメリカ留学中に発生した3・11の震災後、街中で歌を歌うことにより募金活動を行った。

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 私のアメリカ留学があと数週間で終わるという時に、東日本大震災が発生した。数日後、現地で仲間を募り、募金活動を始めた。募金箱の横で三味線にのせて日本の歌を歌ってみることになったのだ。活動範囲は、大学の敷地内、時には車で一時間離れたサンフランシスコの街での活動。結果は大成功。聴き慣れない和の旋律に現地の人々は足を止め、そのポスターや募金箱にある”Japan”の文字に気付く。そして多くの人はハッとすると「頑張って」と声を掛けながらお金を入れていってくれる。しかも驚いたのは、非常に多くの人が、10、20ドル札を入れてくれることだった。かなりの手応えを感じた。時間さえあれば昼休みにも放課後にも募金箱と共に立った。

 大学側はかなり協力的で、学校内で大がかりなキャンペーンを行う事も許してくれた。大学の公式サイトのトップ写真はしばらくの間私たちになり、地元の新聞にいくつか取材を受けて写真付きの記事になった事もあった。バスに乗れば、「ボランティアの子ね、応援してるわ!」と声を掛けられる。小さな思いつきから始まった私達の活動によって、日本を応援してくれる人が日に日に増えていくのが本当に嬉しかった。単体では無力でも、力を合わせればここまでやれる、という事をまさに身を持って知ったのだ。

 活動は数週間続き、帰国の頃には私の声はガラガラに枯れていた。現地の人々の温かさと大らかさに触れ、国籍を問わず人間が本来持つ美しい面が見えた日々だった。

 日本に無事帰り着き、元の生活に戻った私は、自分自身があのようなアクションを起こす側になっていた事に心底驚いていた。このボランティアの体験を始め、アメリカへの留学は私の人生観を大きく変えた。日本人の考える常識が、必ずしも常識ではない場面が本当にたくさんあるのだ。だから決して小さくまとまらず、いつでも柔軟に。以前は保守的で引っ込み思案だった私だが、なんと今では何事にも恐れずにチャレンジしていきたいと思うような人間になっている。留学、そしてボランティアという特別な体験の中で、何時の間にか私は以前とは全く別の人間になっていた。
宮崎国際大学4年 地村梓
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 今から30年ほど前、日常の簡単な英語を話すこともできなかった私は、高校卒業と同時にオーストラリアのメルボルンに渡った。当時、大阪の高校に留学していた、メルボルン出身の学生たちと知り合う機会があり、 1年後には私がメルボルン大学に聴講留学していた。

 生まれて初めての海外旅行だったが、興味と勢いだけで留学を決めた。実際の旅行が始まるまでは、「行けばなんとかなる!」と思っていた。しかし、考えてみれば、海外旅行はおろか飛行機に乗ることさえも初体験の一人旅。伊丹空港からシンガポール・チャンギ国際空港経由、オーストラリアのメルボルン空港では友人たちが迎えに来てくれる。大きな不安は無かった。

 シンガポールからメルボルンへの次のフライトの出発の時間は刻一刻と近づいていた。まさか、こんなところで迷子に!?きょろきょろとあたりを見渡す私は「日本人ですか?」と、見ず知らずの日本人男性に、フライトが数時間遅れていることを教えてもらった。ここで初めて、このまま自分一人の度胸だけでは知らない地でやっていけないかもしれない、そんな気持ちになった。

 2年間の留学予定だった。しかし、体調不良になり半年で帰国することになってしまった。高校生時代にお金を貯めてエアチケットを購入し、留学先では親に仕送りしてもらっていた。それなのに、たった一度しか経験できないオーストラリアでのワーキングホリデーを途中放棄してしまったが、その留学期間に経験した事は、考え方や物の見方など私自身を大きく変えた。

 その後、2度目のオーストラリア在住、数回のタイ王国在住も経験した。
 もともと引っ込み思案の性格だった私だが、このような海外生活により、自分自身に自信を持つことができるようになった。

 宮崎には、宮崎国際大学がある。
 この大学は、学生一人当たりに対する外国人教員の割合が日本一高い。英語で教養教育を行うパイオニア的な存在である大学が宮崎にある。
 日本にいながら、外国語を習得する最適な場所ではないか。
 しかも、各国の教授陣がいるのだから、グローバルな環境を楽しむことができる。
 この大学の学生は、在学中に約半年間の海外留学を体験する。国や地域はいろいろあるが英語圏への留学だ。大学のサポートがあり、現地の大学やホームステイ先も安心。宮崎国際大学では、すべての講義が英語で行われることから、否が応でも在学中に英語力が身に付く。入学から16カ月ほど経った大学2年生の夏に留学は始まる。
 毎年、8月に各地に渡る学生たち。カナザワエイジェントで活躍していた宮崎国際大学2年生のスタッフたちも、現在、留学している。毎日のように学生たちの様子をフェイスブックで写真付きで見ることができる。

 私自身、18歳のころは自信がなく、せっかくの留学期間を無駄にしてしまったと思っている。当時のオーストラリアドルのレートは、1ドルが300円程度だったと記憶している。毎月親に無理して送ってもらっていたお金では、生活できなかった。両親に対する申し訳ないと思う気持ちの反面、今ここでもっと自分に自信を持ちたいと思う気持ちもあり、毎日悩んでいた。失敗を恐れずに進んでいれば・・・と、思う事は数えきれない。

 現在留学中の学生たちは、どれだけ大きくなって帰って来るのか。毎年、楽しみにしている。
 意識を持って留学することで、その学生の帰国後が変わる。目標を持って半年を過ごすかどうか。それに尽きる。残念ながら、将来の目標を持って大学へ入学する学生は少ない。とすれば、少しでも語学力をアップし、視野を広げ、将来への可能性を高める。そんな機会を持つことも必要だと思う。

 カナザワエイジェントでは、毎年多くの学生がスタッフ登録に来る。宮崎国際大学の学生たちは、意識が高く、物おじしない。
 現在、留学中の学生たちに伝えたい。
 半年は、すぐに過ぎてしまう。日々の積み重ねと目標を意識することにより、帰国後の人生が変わる。
 失敗を恐れず体当たりする。頭で結論が出てから行動するのでは、遅すぎる。順調に体験することは、人を大きくする。しかし、体験して失敗することは、人をもっと大きくする。そう思う。
 私の場合、オーストラリアで体当たりできなかったのは、なぜなのか考えてみた。自信がなかったのだ。自信がないことで積極的になれず、流れるままに留学予定期間終了前に体調不良で帰国することとなった。なんとも情けない留学終了だった。苦悩は、自分の都合の結果だという。私自身が起こした行動による結果だったということだ。
 ただ、それがあったからこそ今の私がある。マイナスをプラスに変えることができればと考えている時、ある人に教えていただいた。「『-』を『+』にするのは、『-』に縦1本の棒(|)を入れればいい」。辛抱、心棒、なるほど。
 海外経験を経て、この言葉を頂いた後、私の性格はみるみる変わっていった。

 楽しもうとするだけでは、楽しくない時がある。そんな時には、『-』を『+』に変えてみようと思う。考え方を変えることによって、辛いことは辛くなくなる事を知った。
 たやすく海外体験ができる今、期間に関係なくいったい自分がどうなりたいのかを明確に持っていくことが必要だと感じる。宮崎国際大学以外の各種学校の学生をはじめ、フリーの方なども休みを利用して「地元」以外に行ってみてほしい。
 親元を離れて、初めてありがたみがわかるという。
 宮崎を離れて初めて宮崎の素晴らしさに気付くのかもしれない。
 日本を離れて、その良さを知るように。

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