みやビズ

2018年5月21日(月)
寄稿コラム / くらしの中で旅をする~交流の旅が育む地域愛~(福永栄子)

ぼんさん峠を行く

2013/11/28
 今日も私たちを乗せたバスは、急峻な山の尾根道を走る。

 「秘境から秘境へ」と呼ばれる「みちくさ」企画の研修旅は、熱心な九州中央山地の観光関係の方々を、奥深い九州の旅に誘うというもの。

ぼんさん峠からの九州中央山地の眺め

ぼんさん峠からの九州中央山地の眺め

 山から山を見渡す風景は絶景。今年の紅葉は数年ぶりの美しさで、今なお美しい山肌をバスは登っていく。五木から出発した私たちは、昼には五家荘葉木に到着。昼食後、風情豊かな樅木の吊橋を渡り、一路、峰越峠を越え、椎葉へ向かうというルート。そして、夜は奥椎葉・尾前の神楽のならし(練習)に参加するという神楽ツーリズム。ならし神楽を一緒に舞ったあと、大交流会。神楽子たちとの弾む話、交わし合う無数の盃。すっかりほろ酔い気分で、今夜の宿「さきがけ」に、今、戻ってきたところである。

 明日は、朝から焼畑蕎麦を石臼で挽く体験後、不土野の那須庄屋を訪ね、盛田屋豆腐を見学し、不土野峠を越えて球磨川の源流・水上村に抜ける。熊本県で一番と二番の大吊り橋が架かる白水の滝に立ち寄った後、小松慎平美術館、最後には多良木のブルートレイン、石倉と、九州中央山地観光推進協議会の5市町村を訪ねる点検ツアーである。

 だいたい「みちくさ」は九州の背骨にあたる九州脊梁山地沿いの山村の暮らし文化が大好きで、事由さえあれば山里に入り込んでいる。そして、今回も例外なく奥椎葉の民宿の一室で、こうしてパソコンに向かいながら、しじまに聞く鹿の声など、楽しみながら、興に入り、思いを馳せ、心に浮かぶよしなきごとを、つれづれに書き綴っている。

緒方家(平清盛の子孫)・菅原家(菅原道真の子孫)・山賊?の子孫たちと

緒方家(平清盛の子孫)・菅原家(菅原道真の子孫)・山賊?の子孫たちと

佐倉荘での昼食。カメラマンの有田は、大根菜のごはんを3杯もおかわり!

佐倉荘での昼食。カメラマンの有田は、大根菜のごはんを3杯もおかわり!

 昼は、最近、五木村と八代市泉町の取り組みで話題になった清流・川辺川の源流を探せプロジェクトの中心人物の営む五家荘葉木の佐倉荘で、昼食をとった。アイロードの新人スタッフでもあり、元・宮崎市観光協会の事務局長を経験した岡本さんが「どこの王様が来てもかならず唸らせることができる」と絶賛した、質の高い昼ご飯をいただきながら、語り部・左座節子さんの語る平家ロマンに耳を傾けた。

 五家荘と奥椎葉の尾向地区との暮らしの通い道「ぼんさん峠」は、山から山を見下ろすという類まれな絶景。晩秋の脊梁山地は美しく、雪まじりのガードレールもない細い山道を、西米良村バスの運転手、黒木伸哉さんが巧みなハンドルさばきで、口笛を吹きそうな勢いで、軽快に運転する。といっても、村のマイクロバスは25人以上も乗れるという大きさで、ところどころ崩落した崖から落ちている瓦礫を避けるように蛇行するたび、歓声が漏れる。

枯れ木も山の賑わい。晩秋の樅木の泉大八小学校。杉門が見事!

枯れ木も山の賑わい。晩秋の樅木の泉大八小学校。杉門が見事!

 先週から「枯れ木も山のにぎわい」という言葉を、生れて初めて実感できるようになった。すっかり晩秋の山々に魅了され、うっとりとしたのも今日の昼下がり。先週、企画した「水上村森林セラピーと企業の交流旅」モニターツアーのとき以来、九州の尾根・脊梁山地に魅了されっぱなしである。晩秋の落ち葉は彩り鮮やかで、枯れ葉もまた紫がかった紅葉の一部のようで晩秋の風情を盛り上げている。
恋も生まれたと言う樅木吊橋。高所恐怖症で渡れない者が続出!

恋も生まれたと言う樅木吊橋。高所恐怖症で渡れない者が続出!

神楽ツーリズム。ゆのまえ温泉「湯楽里」の西支配人に五木村の豊原佳奈さん、大河内の椎葉奈木沙さんの神楽の舞の上達ぶりもスゴカッタ!

神楽ツーリズム。ゆのまえ温泉「湯楽里」の西支配人に五木村の豊原佳奈さん、大河内の椎葉奈木沙さんの神楽の舞の上達ぶりもスゴカッタ!

神楽子との交流会で交わされる盃、興じる参加者たち

神楽子との交流会で交わされる盃、興じる参加者たち

 「ぼんさん峠」の名前の由来を語ってくださったのは、バスに乗り込んで説明していただいた樅木(もみき)の天領庵の主人・黒木計(はかる)さん。当時の暮らしの話を情景あざやかな語りと、しっとりとした古里への愛情を織り交え、話して下さった。

 「ぼんさん」とは、お坊さんのこと。人が亡くなると、五家荘の樅木地区から、この「ぼんさん峠」を通り、日添にある称専坊寺に駆けつけ、ぼんさんをお連れし、樅木にもどったという、当時の暮らし話。なんと日添までは、片道4時間の道を歩いたという。帰りには再びこの急峻な峠を越えなければならなかった。峠を見上げ、あそこを越えるのかと、ついため息なども出たという。昭和半ばの頃の風景。今でも日添や尾前の神楽には樅木の衆もやってきて、共に盃を交わし合い、神楽交流もある。こうした山里の暮らしを一緒に体感し、守る気持ちを育んでいきたいというのが、神楽ツーリズムの目的でもある。厳しくも、温かな暮らし模様のなかに日本人が忘れかけている原風景や日本人らしい生き方、人間関係の温かさと、暮らしのしきたりや文化芸能を伝えていく情熱、そして厳しい自然環境に負けないで寄り添いながらも独特の暮らし感を忘れない気骨というものを感じる。

 明日は焼畑蕎麦倶楽部粒粒飯飯(つぶつぶまんま)共同作業体験所で焼畑蕎麦の石臼挽きを体験したり、不土野の那須家を訪問する予定である。これらは、古くからの駄賃付けの道にある。駄賃付けの道とは、荷物を積んだ馬を引きながら歩く尾根道のこと。不土野峠を越えると、当時、荷物の集積場所として賑わった水上の古屋敷に降りてくる。今でも当時の賑わいが遠くから聞こえて来そうな時が止まるロマンを秘めた場所。皆がどのように感ずるのか、今から楽しみである。

 「みちくさ」では、こうした交流フロントの仕事を旅行会社さんや企業さんと組んで行っていく予定である。愛で人と人、地域と企業を結ぶアイロードのライフワークとして…。

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