みやビズ

2019年11月23日(土)
ブレークタイム(リレーコラム)
飯干絵里子さん飯干絵里子(高千穂ムラたび社員)いいほし・えりこ 高千穂町向山(秋元)在住。高千穂ムラたび社員。高千穂sweetscafé©ansoreiyuを運営する。「御神水源どぶろく千穂まいり」を製造するまろうど酒造で営業・会計を担当。実家・民宿まろうども手伝う。1986年9月生まれの27歳。

私が高千穂にいる理由

2013/09/09
 私は大学生活の4年間だけ高千穂を離れました。大学卒業と同時に戻ってきましたが、高校生の頃は「高千穂に戻ってきたら人生の負け組になってしまう」と思っており、高千穂には帰ってこないつもりでいました。当時の私は高千穂で働くことに根拠のない劣等感を持っていたのです。

 大学時代、以前から興味のあった地域づくり活動に参加するようになり少しずつ考えが変わりました。日本中の色々な地域の取組みを知ると、「高千穂の魅力」や「高千穂で出来る事」に少しずつ気が付くようになりました。

カフェで提供している「秋元産夏いちごのクレープ」(600円)

カフェで提供している「秋元産夏いちごのクレープ」(600円)

 私の大学卒業と共に父が退職し、現在の株式会社高千穂ムラたびの前身となる事業の立ち上げを行いました。私は今、父の会社の一員として働いています。

 「高千穂で暮らしたいのに、仕事がなくてよそに出る」という人の流れをくいとめたく、「働く場がなければ作れば良い」と雇用を生み出す仕事を手がけており、「御神水源どぶろく千穂まいり」の商品開発や「高千穂sweets café©ansoreiyu(アンソレイユ)」の立ち上げを行いました。今年の8月31日からは、高千穂初のスイーツカフェの店長として働いています。

 ゼロからモノ・コトを生み出すというのは簡単ではないですし、1人で出来ることでもありません。また、それを継続させ成長させるということはもっと困難です。しかし、たくさんの人の協力をいただき、生まれ故郷の高千穂で私は今の仕事をすることができています。自分の好きな場所で生活し、仕事ができることはとても幸せです。

 高校生の頃に抱いていた、高千穂で働く事への劣等感は間違っていたと今では実感することができます。

 これからも高千穂に新しいもの・ことを生み出し雇用を生み出すため、たくさんの人に高千穂の魅力を知ってもらい、高千穂で暮らしたいと思ってもらうために私は高千穂で暮らしたいです。

さまざまな業界の方から、仕事や身近な話題、関心のあるテーマなどについてコラムを届けていただきます。ブレークタイムに、気軽にお読みください。


 
次回は外山隆さん(日本政策金融公庫宮崎支店農林水産事業統轄)、テーマは「あれから3年」です。

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