みやビズ

2018年11月17日(土)
ブレークタイム(リレーコラム)
澤村憲司さん(ホンダロック総務部・JFL運営委員)
澤村憲司さん(ホンダロック総務部・JFL運営委員)さわむら・けんじ 高知県出身。東京農大から2005年にホンダロック入社、ホンダロックサッカー部へ入部。DFとして活躍し、11年に現役を引退。12年からサッカー部事務局となる。1983年(昭和58年)1月生まれの31歳。

「ホンダロックサッカー部」

2014/07/28
 まず、ホンダロックサッカー部を紹介します。HLSCは宮崎市佐土原町にある株式会社ホンダロックの従業員で構成していて、会社設立2年後の1964(昭和39)年に創部。ことしで50年目を迎えます。

企業チームとしてアマチュア最高峰のリーグで戦うホンダロックサッカー部

企業チームとしてアマチュア最高峰のリーグで戦うホンダロックサッカー部

 当初は同好会やクラブ活動と差はなく、96年に県リーグを制覇。97年から九州リーグで戦うようになり、会社の公式クラブとして、より強力なバックアップを受けることになりました。2004年に九州リーグを初制覇し、全国地域リーグ決勝大会を経て、日本フットボールリーグ(JFL)に昇格しました。

 2年後にJFLから九州リーグへ降格しましたが、09年に復帰。この年の天皇杯全日本選手権では初めてJリーグのチーム(東京ヴェルディ)に勝利し、新たな歴史を刻むことができました。11年にはJFLで過去最高の8位となり、天皇杯にJFLシード枠で出場という快挙も達成しました。このような歴史の中で諸先輩方が築きあげ、継承してきたものがホンダロックサッカー部です。

 JFLと言っても、Jリーグのように誰もが知っているものではありません。自分自身、最初はJFLがどういったものなのか詳しくは知りませんでした。JFLはアマチュア(地域のアマクラブ、企業や大学のチーム)最高峰のリーグで、Jリーグを目指すプロチームには、Jリーグ加盟への登竜門に位置付けられます。

 そのトップリーグにホンダロックサッカー部は企業チームとして参戦し、毎週全国各地で戦っています。あまり知られていませんが選手・スタッフは午前8時から午後5時5分まで働き、その後練習に取り組んでいます。私自身、05年に入社し、11年まで選手として活動しました。その中でJFLへの降格と再昇格など、サッカーを通じて大変貴重な経験をさせてもらいました。

 当初は何もわからずプレーしていましたが、いろんな経験をさせてもらった会社、サッカー部に大変感謝しています。現役引退後はサッカー部の事務局として選手たちのバックアップをしていて、選手時代の経験を生かして貢献できるようホーム戦の運営やチームのサポートをしています。

 今シーズンからJFLは2ステージ制となり、現在は第2ステージが行われています。宮崎でも試合があります。ぜひ観戦に来てください。試合前にはサッカースクールがあり、オープニングとハーフタイムにダンス等のイベントを行っています。興味のある方のご応募をお待ちしています。試合後は選手・スタッフが皆さんをお見送りしているので、選手と直接触れ合えます。ホンダロックサッカー部は宮崎県のサッカーとスポーツ向上の一翼を担えるよう活動していきますので、これからもよろしくお願い致します。

さまざまな業界の方から、仕事や身近な話題、関心のあるテーマなどについてコラムを届けていただきます。ブレークタイムに、気軽にお読みください。


次回(8月4日更新)は赤平聖茂さん(P’MAS代表)、テーマは「宮崎へのこだわり」です。

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