みやビズ

2018年4月22日(日)
ブレークタイム(リレーコラム)
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ウォーカー・ロイド(宮崎国際大学学部長補佐) 1987年、同志社大学の留学生として初来日し1年滞在。米国の大学を卒業後に再来日し、同志社大大学院や立命館大学で国際関係などについて学んだ。宮崎国際大学では教務係長も務める。趣味は歌や音楽。ジャマイカ出身。

国際化と教育

2013/12/16
地元と世界の共存
 私は1987年に京都市の同志社大学の留学生として初来日しました。約1年滞在しましたが、当時、高等教育界のみならず、ビジネス界や政治界においても「国際化」が大きく取り上げられていました。ニュース番組や新聞などでは「国際化」時代とかと真面目に報道する番組や記事もあれば、「欧米化!」などのように面白おかしく取り扱うバラエティー番組もあり、個々の捉え方の度合いの違いがあっても、世界のグローバルレベルに追いつこうとするの日本の姿勢がはっきり映っていました。

宮崎国際大学の卒業生たち。海外研修を経て一層成長した姿で帰ってくる

宮崎国際大学の卒業生たち。海外研修を経て一層成長した姿で帰ってくる

 バブルの時代でもあり日本は経済的に潤っていました。そのためか、高等教育においては「経済」と「国際化」との関係性が強かったと思います。多くの大学等では様々な「国際○○」学部や学科あるいはプログラムが急速に生まれました。私もアメリカの大学を卒業した後1990年に再度日本に戻り、今度は同志社大学に大学院生として入学しました。そこから、1992年に立命館大学が時代の流れに乗って新設したばかりの国際関係学科に入学しました。この時点では既に、各都道府県の国際化への取り組みが様々でありました。京都で有名な京セラ等のような企業も行政と協力し、あるいは単独でグローバルな視野を持って、幅広い活動を行う時代でした。

 また、私のような留学生も歓迎され、日本から世界へ発信すると同時に、世界の人々から学ぶことを目的とした計画も多く立てられました。例えば、当時の京都府では留学生を対象とする「京都府名誉友好大使」という名の奨学金制度がありました。言葉の通り、奨学金をいただく代わりに、日本にいる間に民間団体や一般市民等に母国を紹介したり、国際交流など京都府の様々な企画に参加し、母国に帰ってから京都府の宣伝をしてもらうという相互にとってメリットのある制度でした。

 このようにグローバル化に取り組みグローバル社会での存在感を訴えようとしていました。また、日本人も年齢を問わず異文化に関心を示し、海外によく出かけていました。私の生まれ故郷のジャマイカでさえも、日本人が毎年10万人訪れている時期もあったようです。

 昨今、あれだけ勢いよく進んでいた国際化が今となっては、国が国際化の活性化の為の施策を新たに打ち出さないといけないほど低迷してきました。文部科学省などでは次世代を担う日本の若者が異文化や外国に興味を示さないことを重要な課題として捉えているようです。この傾向は全国的に見られるが、地方では外国どころか、地元からさえも出ようとしない傾向が強い時代となりました。

 僕が日本に初めて来た当時のように日本国民が裕福でなくなり、経済的な制約があることは無視できない現実です。グローバル社会とは言っても、テロや戦争のために不安定な国や地域が多くなり、身の安全を気にしながら行動する必要が以前よりもあるように思います。あの巨大国家のアメリカでさえテロに襲われ、私も正直軍隊の警備されているJFKなどの国際空港を通ると不安に陥ります。しかし、それに動揺していてもいいでしょうか。

 政府レベルでは様々な方向から国際化を図っています。例えば中教審などでは、大学における教育研究の高度化と国際競争力の強化が必要として、情報発信機能の強化、英語による特色のある教育カリキュラムの充実国際化に対応した教職員の採用と英語力の向上等に務める必要があると考えているようです。また、日本人学生の海外留学が一層容易になる環境づくりが大事ということで、企業などとも協力して海外へ出かける学生を増やしていこうとしています。さらに、国際社会に生きていく為に英語力も必要として、小学校の低学年から英語を教科として取り入れることにもなっています。

 このように次から次へと、新しい施策が生まれますが、最終的にこれらが成功するかどうかは、一人ひとりの意識や考え方によります。私が勤めている宮崎国際大学は来年度開学20周年を迎えますが、今文部科学省などが一生懸命取り組んでいる国際化のための教育対策は本学では当たり前のことであり開学からずっと行っています。4年間の教育課程の中の目玉はやはり海外研修であり、研修先に出かける為の準備期間も大変重要であります。しかし、何よりも毎年感心するのは海外研修から帰ってきた学生の一層成長した姿です。個人差はもちろんありますが、学生は海外での体験(苦労したことも含めて)によって精神的にも強くなり、意欲的に勉強に立ち向かう気持ちが強くなります。

 宮崎の若者は地元思考が強いと言われます。地元を愛することが大事であるが、地元を活性化させることも大事だと思います。そのためには次世代のリーダーになる若者はいろいろ体験し、視野を広げないといけません。外国まで足を運べなくても、一度地元を離れて能動的に学習し、地元に新しい風を吹かせて欲しい。グローバル社会の将来を担う皆さんと彼らをサポートする親や教育者に期待しています。


さまざまな業界の方から、仕事や身近な話題、関心のあるテーマなどについてコラムを届けていただきます。ブレークタイムに、気軽にお読みください。


次回=2014年1月6日=は小木智彦さん(ソシデア知的財産事務所代表弁理士)、テーマは「宮崎は東京より知的活動にむいている!?」です。

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